発表内容

 東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)機構長、主任研究者であるハーバード大学のヘンシュ貴雄教授の研究室は、臨界期における不充分な養育が雄マウスの注意欠陥をもたらすという証拠を示しました。興味深いことに、雌マウスでは同様の影響は見られませんでした。注意欠陥の症状は、睡眠の乱れと前帯状皮質(ACC)におけるドーパミン受容体の不均衡な発現と関連していました。この成果はScience Translational Medicine誌に掲載されました。

 この研究は、東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)、学術変革A「臨界期生物学」とハーバード大学の一環支援で行われました。「私たちは、生後まもなく受けた不充分な養育経験が『身体をむしばみ』その後の行動にどのように影響するかを理解したいと考えました」と、研究を主導したヘンシュ教授は述べています。「ネグレクトは世界中で最も顕著な児童虐待の形態です。例えば戦争で引き裂かれた家族、自然災害、貧困やシングルペアレントの問題が挙げられます。特に、ルーマニアの孤児の研究では、2歳までにインタラクティブな養育を経験しない限り、注意欠陥を呈することが広範な特徴であることが分かっていました。このような認知機能の発達に臨界期が存在するかどうかは不明でした。」

 これを解明するために、牧野祐一IRCN特任講師はマウスの注意実験に取り組みました。飲水を控えさえたマウスを用い、視覚刺激が現れる画面に触れると飲み物の報酬を得られるという簡略化されたテストを行いました。その後、注意力を調べるために、実験者は刺激間の待ち時間を増やしたり、刺激が現れる時間を短縮したりしました。タスクが難しくなるにつれて、げっ歯類のパフォーマンスの低下が確認されました。この研究には、卒業論文執筆者3名の懸命な努力の貢献も含まれています。

 「私たちの結果は、マウスからヒトまで、幼い時期の虐待の結果として生じた注意欠陥が睡眠不足と持続的な特異的ドーパミン受容体の変化によって媒介されることを明らかにし、臨界期が過ぎた後の救済戦略を着想させました」とヘンシュ教授は述べています。これらの成果は、子供の早期ストレスに対処するための科学的な方法を見出すことにつながると考えられます。

 ヘンシュ教授は付け加えます。「なぜ女性の注意力が幼児期の虐待に対して回復力があるのかは、興味深い未解決の問題です。私たちは、雄が細胞レベルで生涯にわたる酸化ストレスの負担を負っていることを発見しました。これがオレキシン(覚醒ペプチド)とドーパミン受容体の発現を調節している可能性があります。並行研究では、雌は脳回路をより速く成熟させることができ、これが一方で酸化ストレスから彼らを保護しますが、通常の延長された発達軌道(例:思春期)を奪っています。」

 Judy Cameron教授(ピッツバーグ大学)のチームとの共同研究で、研究者たちはこれらの結果を若い子供たちのグループのデータと比較し、再び、幼児期に体験したネグレクトが主に男の子の注意欠陥と相関していることを発見しました。その後、注意欠陥が人間の子供たちでも乱れた睡眠パターンによってもたらされていることを確認しました。

 「私たちは、断片化された母性ケア(限られた巣材によって誘発される)の動物モデルを確立し、マウスの生後1週目が適切な注意力の発達に不可欠であることを明らかにしました」とヘンシュ教授は説明します。「驚くべきことに、これは雄でのみ観察され、男の子のADHDの性別バイアスと一致していました。目立ったのは、逆境的な幼少期の経験(ACEs)がすでに人間の子供たちの3-5歳までに睡眠不足を介して注意力に影響を与えていることです。これは、私たちのマウスと同様の細胞群を標的にして修正できる可能性があることを示唆しています。」

 生後まもなくに起こる逆境と睡眠不足によって生じる注意欠陥の両方がACCの特定のドーパミン受容体レベルに変化をもたらしたため、その領域の回路をさらに調査することがこの研究の明確な次のステップとなります。ヘンシュ研究室は、今後強制断眠の影響からACCを救済する方法を調べ、回復の鍵となる脳内因子を雌の脳内で調査することを計画しています。

※本記事はハーバード大学MCB(分子細胞生物学科)のWEBサイトより改変。
原文はこちらのサイトからご確認ください。
https://www.mcb.harvard.edu/department/news/early-life-stress-shapes-attention-deficits-in-male-but-not-female-mice-hensch-lab/


論文情報

雑誌名:Science Translational Medicine
題 名:Sleep-sensitive dopamine receptor expression in male mice underlies attention deficits after a critical period of early adversity
著者名:Yuichi Makino, Nathaniel W. Hodgson, Emma Doenier, Anna Victoria Serbin, Koya Osada, Pietro Artoni, Matthew Dickey, Breanna Sullivan, Amelia Potter-Dickey, Jelena Komanchuk, Bikram Sekhon, Nicole Letourneau, Neal D. Ryan, Jeanette Trauth, Judy L. Cameron, Takao K. Hensch*

DOI:10.1126/scitranslmed.adh9763
URL:https://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.adh9763

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