【メタボリックシンドロームの末病を科学的に検出】

1. ポイント

■ 富山大学 小泉准教授、奥特命准教授、門脇教授、齋藤学長および東京大学 合原教授らのグループは、生体信号の揺らぎに着目した数学理論(動的ネットワークバイオマーカー理論)により、実用的に簡易化したインデックスを用いて実データを解析することで、メタボリックシンドロームの未病を科学的に検出しました。
■ 今後、従来医療の枠組みを超えた未病に対する先制医療戦略の構築が期待されます。

2. 背景

中国最古の医学書「黄帝内経」(こうていだいけい)には、未病1)の時期を捉えて治すことが最高の医療であると記載されています。興味深いことに、「黄帝内経」より二千数百年を経た現在、未病の重要性が改めて認識されています。すなわち、疾患の発症前や超早期において予防的・先制的医療介入2)を行うことで、その発症や重症化を未然に防ぐ手段の確立が、社会的に強く求められています。
実際に、平成29年2月に閣議決定された内閣府の「健康・医療戦略」には、「健康か病気かという二分論ではなく健康と病気を連続的に捉える未病の考え方などが重要になると予想され(中略)新しいヘルスケア産業が創出されるなどの動きも期待される」と記載されており、未病研究は、国としても重要な政策課題と位置付けられています。
しかしながら、この未病という考え方はこれまでは経験知に基づく概念的なものであり、その存在は科学的には証明されていませんでした。

3. 成果の概要

共同研究チームは、未病を科学的かつ定量的に検出するため、生体信号の揺らぎに着目した数学理論である動的ネットワークバイオマーカー理論(DNB理論)3)を用いました。DNB理論では、健康な状態から病気の状態へと遷移する直前において、一部の互いに関連した生体信号の揺らぎが大幅に増加することが数理解析によって予測されています。従って、「揺らぎが大幅に増加した時点=未病の状態」と考えることが出来ます。これにより、未病を生体信号データの解析を介して定量的に直接検出することが可能となりました(図1)。

図1. DNB理論で未病(揺らぎ)を検出する

はじめに共同研究チームは、メタボリックシンドローム4)を自然発症するマウス(TSODマウス)を飼育し、3週齢から7週齢まで1週間おきに、脂肪組織における遺伝子の発現量をマイクロアレイ法5)により網羅的に測定しました(図2)。

図2. DNB解析までの研究の流れ

次に、DNB理論に基づくデータ解析を行い、測定期間内で揺らぎの増加した時点があるかどうかを調べました。その結果、マウスがメタボリックシンドロームを発症する以前の5週齢の時点において、147個の遺伝子の発現量の揺らぎが大きく増加していることが明らかとなりました(図3)。

図3. メタボリックシンドロームの未病の検出

4. 研究の意義と将来展望

本研究において、DNB理論を用いることにより、二千数百年来の概念であった未病、特に、メタボリックシンドロームへと至る過程における未病を検出しました。さらに、これまでDNB理論が主な対象としてきた急性疾患だけでなく、メタボリックシンドロームのような緩やかな時間変化を辿る疾患にもDNB理論が応用可能であることも明らかとなりました。
このような慢性疾患における揺らぎの増加をとらえて実証した意義は大きく、慢性疾患の予防・先制医療にもタイミングが重要となる場合があることが分かりました。この成果は、今後、未病に対する効果的な予防・先制医療介入を考える上で役に立つと期待されます。
すでに共同研究グループでは、富山大学から部局横断的に8部局(医学部、和漢研、附属病院、工学部、薬学部、理学部、都市デザイン学部、人間発達学部)と東京大学生産技術研究所/ニューロインテリジェンス国際研究機構の合原教授グループが参加する重点研究領域プロジェクトを立ち上げ、未病に関する研究を推進しています。このプロジェクトメンバーにより、現在、未病に対する先制医療戦略の構築が開始されています。
この医療戦略は、メタボリックシンドロームのみならず、緩やかな時間変化を辿るアルツハイマー病などの認知症、サルコペニア、フレイル6)などにも応用できる可能性があることから、超高齢化社会を迎えた本邦においての重要な医療問題の解決にも貢献することが期待されます。

5. 用語解説

1)未病:健康と病気の中間にある状態。本研究での定義は、(1) 既存の基準では病気と診断されないものの、(2) 発症の危険がきわめて高くなっている状態としました。
2)先制医療:病気が発症する前の段階で、バイオマーカー等による予測に基づき予防的に行う医療介入のこと。
3)動的ネットワークバイオマーカー理論(DNB理論):揺らぎに着目して疾病発症の予兆を検出するための数学理論。数学の一領域である力学系理論を基に、2012年に合原一幸教授と陳洛南教授が中心となって作り上げました。
4)メタボリックシンドローム (MS):肥満に加えて高血糖、高血圧、脂質代謝異常のうち2つ以上が該当する状態。MS自体が、より深刻な2型糖尿病や心血管疾患の前段階であるが、本研究ではMSを病気と考え、さらにそれ以前の未病を対象としました。
5)マイクロアレイ法:数万種類の遺伝子の発現量を一度に測定する技術。
6)サルコペニア、フレイル:サルコペニアは、加齢に伴い筋肉量が減少し、筋力や身体能力が低下した状態のこと。フレイルは、加齢による虚弱で、体重減少や活動量低下などが見られる状態のこと。

6. 付記

本研究は、総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラム「FIRST合原最先端数理モデルプロジェクト」(日本学術振興会を通して)、平成26―27年度富山大学和漢医薬学総合研究所共同利用・共同研究拠点「和漢薬の科学基盤形成拠点」、JSPS科研費JP15H05707,JP17KT0050、富山大学重点研究プロジェクト「医薬学と複雑系数理学からの挑戦~「未病」の解明、そして新たな医療体系の構築と、地域との連携による健康人口の増加~」(未病プロジェクト)による支援を受け実施された研究の成果である。

7. 論文情報

掲載誌:Scientific Reports
論文名:Identifying pre-disease signals before metabolic syndrome in mice by dynamical network biomarkers
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-019-45119-w

8. 著者

小泉 桂一(Keiichi Koizumi)1
奥 牧人(Makito Oku)2
林 周作(Shusaku Hayashi)3
犬嶌 明子(Akiko Inujima)1
柴原 直利(Naotoshi Shibahara)1
陳 洛南(Luonan Chen)4,5
五十嵐 喜子(Yoshiko Igarashi)6
戸邉 一之(Kazuyuki Tobe)6
齋藤 滋(Shigeru Saito)7
門脇 真(Makoto Kadowaki)3
合原 一幸(Kazuyuki Aihara)5,8

所属:
1.富山大学 和漢医薬学総合研究所 漢方診断学分野
2.富山大学 和漢医薬学総合研究所 情報科学分野
3.富山大学 和漢医薬学総合研究所 消化管生理学分野
4.中国科学院 上海生命科学研究院
5.東京大学 生産技術研究所
6.富山大学 大学院医学薬学研究部 内科学(1)
7.富山大学 大学院医学薬学研究部 産婦人科学(現 富山大学長)
8.東京大学 ニューロインテリジェンス国際研究機構

9. 研究内容に関する問い合わせ先

富山大学 和漢医薬学総合研究所 漢方診断学分野
准教授 小泉 桂一(こいずみ けいいち)
E-mail: kkoizumi(末尾に @inm.u-toyama.ac.jp をつけてください)

東京大学 生産技術研究所
教授 合原 一幸(あいはら かずゆき)
E-mail: aihara(末尾に @sat.t.u-tokyo.ac.jp をつけてください)