発表のポイント
- 淡蒼球には外節および内節という亜領域がありますが、統合失調症における外節優位の体積増大を明らかにし、また亜領域特有の機能的接続の特徴を見出しました。さらに思春期児において、精神病体験が多いほど外節体積が大きいことや、精神病体験の有無によって機能的接続に亜領域特有の差があることを明らかにしました。
- 本研究は、統合失調症および思春期精神病体験と関連する淡蒼球亜領域の体積および機能的接続の特徴を系統的に明らかにした点に新規性があります。
- 本研究の成果は、統合失調症の病態への理解を深め、病態解明に向けたさらなる基礎研究の基盤となりうるものと期待されます。
概要
東京大学大学院医学系研究科精神医学分野/医学部附属病院精神神経科の岡田直大准教授(同大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)准教授)、笠井清登教授(WPI-IRCN主任研究者)、東京都医学総合研究所社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らの研究グループは、統合失調症(注1)患者と健常者、および東京ティーンコホート調査(注2)に参加した思春期児を対象に、磁気共鳴画像法(MRI、注3)による脳撮像を実施し、淡蒼球(注4)の亜領域(外節・内節)の特徴を調べました。その結果統合失調症において、外節優位の体積増大と(図1)、亜領域特有の機能的接続(注5)を認めました。また思春期児において、精神病体験(注6)が多いほど外節体積が大きく(図2)、精神病体験の有無による亜領域特有の機能的接続の差を認めました。
これまでの基礎研究から淡蒼球の内節と外節は異なる機能・脳回路と関連することが知られており、また統合失調症を有する患者さんや精神病体験を有する思春期児における淡蒼球体積の特徴は報告されていましたが、本研究は、統合失調症スペクトラムにおける淡蒼球亜領域の特徴を系統的に明らかにした点に新規性があります。
本研究の成果は、統合失調症の病態理解を深めるだけでなく、将来的な早期リスク評価や発症メカニズムの解明、新たな治療標的の探索につながる基礎研究の発展に寄与することが期待されます。
なお、本研究は、2026年7月10日(金)(英国夏時間)に、英国科学誌「Molecular Psychiatry」オンライン版に掲載されました。
発表内容
これまでの基礎研究から淡蒼球の内節と外節は異なる機能・脳回路と関連することが知られていました。またこれまでのMRIを用いた先行研究では、統合失調症を有する患者さんにおいて、淡蒼球の体積増大や機能的接続の異常が報告されていました。また、統合失調症の将来的な発症のリスク因子と考えられている精神病体験を有する思春期児においても、淡蒼球の体積増大を示唆する報告がありました。しかしこれらの現象に対して、淡蒼球を構成する2つの主要な亜領域である外節と内節が、それぞれどのような役割を果たしているのかは十分に解明されていませんでした。その背景には、これらの亜領域を高精度に分割して解析する技術が限られており、体積の測定が難しかったという課題がありました。
本研究では、統合失調症を有する患者さんと健常者あわせて100名超、さらに一般集団から抽出した思春期児を対象としたコホート研究である東京ティーンコホート調査に参加した約3,000名のうち200名超を対象に、構造MRI(注7)および安静時機能的MRI(安静時fMRI、注8)を撮像しました。これらのデータを用いて淡蒼球の外節・内節それぞれの体積および機能的接続を解析しました。特に体積の算出については、深層学習を活用した最新の脳画像解析技術を用い、淡蒼球外節と内節を高精度に分割し(図3)、個別に解析する手法を導入しました。統合失調症患者群と、精神病体験を有する思春期児群を同時に調べることで、統合失調症スペクトラムに関連する共通の脳特徴を検討しました。
脳を後方(左図)および左下方(右図)から観察した時の淡蒼球亜領域の分割の結果を示しています。
赤色:左外節、緑色:左内節、青色:右外節、黄色:右内節。
その結果、統合失調症を有する患者さんでは健常者と比べて、外節の体積が内節よりも有意に増大していることが明らかになりました。また統合失調症では、左外節と視覚空間処理に関わる外側後頭頭頂野(注9)との機能的接続が強いことが明らかとなりました。さらに外節と内節はそれぞれ異なる脳領域との機能的接続異常を示し、両者が異なる神経回路に関与している可能性が示されました。さらに、思春期児を対象とした解析では、精神病体験が多く認められるほど左外節の体積が大きいことがわかりました。また、精神病体験を有する児では左外節と、視覚空間処理に関わる舌状回(注10)という脳領域との機能的接続が強くなっていました。これらの結果は、統合失調症で認められた特徴と一部共通しており、淡蒼球外節の変化が発症後だけでなく、発症前段階とも関連する可能性が示唆されました。
本研究は、統合失調症およびその発症リスクと関連する可能性が報告されている精神病体験に関連する、淡蒼球外節と内節の構造的・機能的特徴を系統的に明らかにした点に新規性があります。これらの成果は、統合失調症の病態理解を深めるだけでなく、将来的な早期リスク評価や発症メカニズムの解明、新たな治療標的の探索につながる基礎研究の発展に寄与することが期待されます。
なお、本研究は東京大学大学院医学系研究科・医学部、東京都医学総合研究所、総合研究大学院大学の各施設の倫理委員会の承認のもと実施されました。
〇関連情報:
「プレスリリース 脳体積による精神疾患の新たな分類を提案―認知・社会機能と関連、精神疾患の新規診断法開発への発展に期待―」(2023/8/4)
https://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/20230804.html
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 臨床神経精神医学講座 精神医学
岡田 直大 准教授
兼:東京大学医学部附属病院 精神神経科 副科長
兼:東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)准教授
笠井 清登 教授
兼:東京大学医学部附属病院 精神神経科 科長
兼:東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者
東京都医学総合研究所
社会健康医学研究センター
西田 淳志 センター長
論文情報
雑誌名:Molecular Psychiatry
題 名::The role of the globus pallidus subregions in the schizophrenia spectrum continuum
著者名:Naohiro Okada*, Kentaro Morita, Shimon Tonsho, Masahiro Kiyota, Eimu Shoji, Daisuke Koshiyama, Shinsuke Koike, Syudo Yamasaki, Atsushi Nishida, Shuntaro Ando, Noriaki Yahata, Kouhei Kamiya, Akira Kunimatsu, Osamu Abe, Sho Yagishita, Kiyoto Kasai
(*:責任著者)
DOI: 10.1038/s41380-026-03729-7
URL:https://www.nature.com/articles/s41380-026-03729-7
研究助成
本研究は、文部科学省科研費「統合失調症スペクトラムにおける淡蒼球亜領域の構造・機能異常の解明」等(課題番号:18K15478、22H04926、22K18419、25K10853、16H06398、20H01777、20H03951、21H05173、21K10487、23H05472、24H00666、16H06395、16H06399、16K21720、16H06280、17H04244、21H05171、21H05174)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業「複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦」(課題番号:JPMJMS2021)、JST社会技術研究開発事業(RISTEX)「若者と共に創る孤独予防戦略:コプロダクションによる若者の孤独の理解と予防法の創出」(課題番号:JPMJRS24K1)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳とこころの研究推進プログラム(戦略的国際脳科学研究推進プログラム)「国際MRI研究連携によるAYA世代脳発達および障害のメカニズム解明」「人生ステージに沿った健常および精神・神経疾患の統合MRIデータベースの構築にもとづく国際脳科学連携」、脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解
明プロジェクト)「双方向トランスレーショナルアプローチによる精神疾患の脳予測性障害機序に関する研究開発」、AMED脳神経科学統合プログラム「脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)統合失調症
約100人に1人が発症する精神疾患です。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどります。社会生活や就労・就学に影響を及ぼすことがあります。また、日本では精神科に長期入院されている患者さんの中で統合失調症の割合が高いことが知られています。
(注2)東京ティーンコホート調査
東京大学・総合研究大学院大学・東京都医学総合研究所の3つの機関が連携して行っている東京都居住の思春期対象者が参加する大規模な疫学研究です。東京都内の3つの自治体の住民基本台帳を用いて、平成14年9月1日から平成16年8月31日までの間に生まれた子がいる世帯を無作為に抽出し、連絡を取ることができた世帯のうち、長期間にわたる繰り返しの研究へ参加することへの協力が得られた3,171世帯が対象となりました。そのため、東京ティーンコホート調査の対象者は、一般人口集団に由来しています。東京ティーンコホート調査では、心理学的状態、認知機能、社会学的背景、および身体に関する尺度といったさまざまな情報を、参加者とその親より取得しています。東京ティーンコホートのウェブサイト(https://ttcp.umin.jp)で詳細をご覧いただけます。
(注3)磁気共鳴画像法(MRI)
MRIはMagnetic Resonance Imagingの略です。強い磁場と電波を利用して体内を撮像し、放射線被ばくを伴わない検査法であり、医療現場で広く利用されています。
(注4)淡蒼球
大脳深部の皮質下領域に存在する大脳基底核の一部です。運動機能に加え、動機付け、意欲、欲動に関与すると考えられています。
(注5)機能的接続
異なる脳部位間における脳活動に関連した血行動態の時間的な同期性や関連性を評価する指標です。機能的接続が強いほど、それらの脳部位が機能的に連携していると考えられます。
(注6)精神病体験
幻覚(例:他の人には聞こえない声を聞く)、妄想(例:誰かに後をつけられたと感じる)、自我障害(例:心の中を誰かに読み取られる)を特徴とする体験です。精神病体験は、統合失調症等の精神疾患を有する患者さんのみならず、一般の思春期児においても、一定の割合で認められることが知られています(Nishida et al., Schizophr Res 2008, DOI: 10.1016/j.schres.2007.11.038)。
(注7)構造MRI
脳の形態を観察したり、特定の脳部位の体積や厚さなどを測定したりすることができるMRIの撮像法です。
(注8)安静時機能的MRI(安静時fMRI)
fMRIはfunctional MRIの略で、およそ1〜数秒ごとに連続して撮像を行い、脳活動に伴う血行動態の変化を計測するMRIの撮像法です。安静時fMRIは、参加者が安静を保った状態で撮像するfMRIであり、特定の課題に依存せず脳機能を評価できることが特徴です。安静時fMRIのデータから、異なる脳部位の活動変動の時間的な関連性を機能的接続として評価することができます。
(注9)外側後頭頭頂野
後頭葉(脳の後方に位置する領域)と頭頂葉(脳の上方に位置する領域)の境界付近に位置する脳領域です。視覚情報の処理や空間認知、注意機能などに関与すると考えられています。
(注10)舌状回
後頭葉の内側面に位置する脳領域です。視覚情報の処理に関与し、物体や文字の認識、視覚的記憶などに関連すると考えられています。
問合せ先
東京大学大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 臨床神経精神医学講座 精神医学
(東京大学医学部附属病院 精神神経科)
准教授 岡田 直大(おかだ なおひろ)
<機関窓口>
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井
東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
広報担当
東京都医学総合研究所 事務局研究推進課 普及広報係


