(Credit: Pietro Artoni/Boston Children's Hospital)

自閉症を含む小児神経発達障害の診断は難しく、4歳ごろまで症状がはっきりしないために診断が遅れ、行動・言語療法などによる介入が効果的に行えない問題が付随する。しかし7月22日に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表された研究では、簡単に計測可能な2つの自律性生物学的指標-瞳孔のサイズと心拍数-が、レット症候群*にみられるような自閉症様障害の早期診断に役立つことを提案している。

この研究は、東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構(IRCN)の国際研究拠点でもあるハーバード大学付属ボストン小児病院において、IRCN連携研究者のファジョリニ・ミケラ博士ネルソン・チャールズ博士ならびにIRCN主任研究者および機構長であるヘンシュ貴雄博士らが率いるチームで行われた。彼らはまず、自閉症スペクトラム障害(ASD)のマウスモデルを用い、特徴的な瞳孔拡張を測定後、機械学習によってその特徴を検出するアルゴリズムを構築した。さらにはそのアルゴリズムを応用し、レット症候群の患者を1-2歳ほどの若齢で80%近く識別することに成功した。この試みには、人工知能(AI)の生み出す普遍的な診断の可能性と、ASDの治療効果を客観的に判別することへの期待が寄せられる。

責任著者のファジョリニ・ミケラ連携研究者 (Photo: Sebastian Stankiewicz/Boston Children’s)

ASD患者が示す覚醒障害・異常行動にはコリン作動性神経回路の不具合が関与することから、彼らは自律神経系の生物学的指標である瞳孔の拡張・収縮ならびに心拍数の変動に着目した。ヘンシュ博士は先行研究で、ニコチン性アセチルコリン受容体の活性を抑制するタンパク質LYNX1に興味を持ち、それを産生しないよう遺伝子改変したマウス(LYNX1 KO)にコリン作動性の神経伝達が亢進することを発見していた。まず彼らはこの動物モデルを利用して異常な瞳孔拡張のパターンを深層学習に取り込みアルゴリズムを完成させ、そのアルゴリズムがいくつかのASDモデル(BTBRマウス、CDKL5遺伝子欠損マウス、MeCP2遺伝子欠損マウス)の識別にも適用できるか解析を行った。結果、対照の野生型マウスと比較して、構築したアルゴリズムはASDマウスモデルに潜在するコリン作動性回路の機能障害を検出できることが示された。ここで検知された瞳孔サイズの変化は、ASD様行動が成長により明らかになる以前より観察され、また、コリン作動性ニューロンに限ってMeCP2遺伝子が正常に機能する状態に回復させると、ASDに特徴的だった瞳孔の変化は消失することもわかった。

さらに本研究では、動物実験で得られたアルゴリズムをレット症候群の予測に利用することを試みた。レット症候群の患者の場合は、アルゴリズムを心拍数解析に実装させ、既に診断のついている女児35名と健康な発育が認められる女児40名を比較した。結果、このAI診断で80%の正当識別が得られ、瞳孔拡張や心拍数などの自律神経系の生物学的指標が、動物種を超えてこれらの診断に適用できることを証明した。これまでレット症候群の早期診断を促す決定的なバイオマーカー**は存在せず、患者への早期介入は難しかった。今後は、こういった非侵襲性で簡便なマーカー検査を取り入れることにより、新生児や言語障害者における神経発達障害の早期診断に期待がかかる。

*レット症候群:オーストリアの小児神経学者A. Rettにより、初めての症例が1966年に発表された。女児に発症する中枢神経疾患で、知能や言語・運動能力の発達が遅れ、両手を重ねる特徴的な常同運動を呈する。1998年、Xq28のメチル化に関連するメチルCPG結合蛋白2(MeCP2)に原因遺伝子があることが解明された。
**バイオマーカー:身体の状態を客観的に測定し評価するための生物学的指標。

資料:ボストン小児病院公式サイエンスブログ Discoveries
要約:IRCN サイエンスライテイングコア

発表雑誌:
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(2019年7月22日公開)
論文タイトル: Deep learning of spontaneous arousal fluctuations detects early cholinergic defects across neurodevelopmental mouse models and patients.
著者:Artoni P, Piffer A, Vinci V, LeBlanc J, Nelson CA, Hensch TK, Fagiolini M*.(*:責任著者)

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