【本研究のポイント】

  •   エムポックス感染者に対する現行の約3週間の隔離ガイドラインは、隔離期間を遵守した感染者からの95%以上の伝播防止が可能であり、妥当な措置であった。
  •   個人のウイルス量を評価できる検査(従来のPCR検査など)の導入により、隔離期間を不必要に長くすることなく、効果的に管理する可能性が期待できる。
  • 【研究概要】

     国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の岩見 真吾 教授の研究グループは、オランダ国立公衆衛生環境研究所(RIVM)および愛媛大学の三浦 郁修 博士らとの共同研究により、エムポックス(クレードⅡ)注1)感染者の隔離を終了するタイミングを検証するためのシミュレータ(シミュレーション用ソフトウェア)を新たに開発しました。これにより、定められた回数の陰性検査結果が得られた場合に、エムポックス感染者の隔離を早期終了できる柔軟で安全な隔離戦略が提案できるようになります。たとえば、感染者の隔離を早すぎる段階で終了するリスク(すなわち、他者への感染性を維持したまま隔離を終了するリスク)を5%未満に抑えたい場合、症状消失を基準にした一般的な隔離終了注2)と比較して、シミュレータで最適化した検査結果に基づく隔離では、1週間以上も隔離日数を減らすことが可能であることが分かりました。
     2022年5月以降に、新しい系統群(クレードⅡ注3))のエムポックスウイルスが欧米諸国を中心に国際的流行へと拡大しました。また、2024年8月14日、WHOはコンゴ民主共和国を中心にケニアやルワンダなどではより重症率の高い別のクレード(クレードⅠ)のエムポックス感染者数が増加と蔓延を受けて、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態を再び宣言しました。本研究はクレードⅡのエムポックス感染者における研究成果ですが、クレードⅠの感染者においても、同様のデータがあれば適切な隔離期間の設定が可能になるため、クレードⅠにおいても重要な知見を示す可能性があります。
     これまで、新興再興感染症の発生当初においては、臨床・疫学データや経験則に基づいた異なる隔離基準が国ごとに採用されてきた状況を考慮すると、本研究は、数理モデルに基づいた、世界的に求められている柔軟な隔離ガイドラインの確立に貢献できると期待されます。
     本研究成果は、2024年8月26日18時(日本時間)付で国際学術雑誌『Nature Communications』に掲載されました。

    【研究背景と内容】

     2022年5月以降に、世界的な規模で発生した新しいクレード(クレードIIb)のエムポックスが欧米諸国を中心に国際的流行へと拡大し、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に該当するとして世界保健機関(WHO)より宣言されました。クレードIIbの世界的な患者数は2022年8月に減少に転じたものの、2023年年末から現在まで、コンゴ民主共和国ではより重症率の高いことが報告されている別クレード(クレードI)のエムポックス感染者数が増加し、ケニアやルワンダなどアフリカ諸国でのクレードI感染者の増加と蔓延を受けて、2024年8月14日、WHOは再びPHEICを宣言しました。これは、公衆衛生に対する最高レベルの警告であり、今回の宣言は2度目となります。
     感染症対策では、医薬品を使用しない非薬物的介入(感染者隔離、感染者に接触した人の自宅待機など)が中心的な役割を果たしてきました。現在、米国疾病予防管理センター(CDC)は、エムポックス感染者に対する約3週間の隔離を推奨しています。しかし、このガイドラインは臨床的特徴に関係なくすべての症例に適用されるため、感染性期間が長い症例では隔離終了が早すぎたり、感染性期間が短い症例では隔離期間が不必要に長引いたりする危険性があります。現在、エムポックスの感染伝播を予防するために、確かな科学的根拠に基づいた隔離終了のガイドラインが必要であり、これらを包括的に分析する研究が求められています。
     本研究では、個人毎のウイルス量データの解析により感染性期間の大きなばらつきを明らかにし、変動する感染性を考慮しながら隔離終了ルールの違いによる有効性を評価しました。具体的には、固定期間ルール(一定期間後に隔離を終了する現行ルール)、PCR検査結果に基づくルール(定められた回数の陰性検査結果で隔離を終了するルール)、症状に基づくルール(症状の消失後に隔離を終了するルール)を比較しました(図)。

     

     数理モデルを用いた推定の結果、ウイルス排出期間は23日から50日の範囲であり、個人毎に排出期間が大きく異なることが示唆されました。約3週間という現在の隔離ガイドラインは、95%以上の伝播防止が可能であり、感染者が隔離を早期に終了するリスク(他者への感染性を維持したまま隔離を終了してしまうリスク)を軽減させるという観点では妥当であることが分かりました。一方で、PCR検査結果に基づくルールでは、個人レベルのウイルス量の変動を考慮できるため、不必要に長期化する隔離期間を緩和できる可能性がありました。つまり、定められた回数の陰性検査結果が得られた場合に、エムポックス感染者の隔離を早期終了できる柔軟で安全な隔離戦略が提案できるようになります。たとえば、隔離の早期終了リスクを5%未満に抑えたい場合、症状消失を基準にした一般的な隔離終了と比較して、シミュレータで最適化したPCR検査結果に基づく隔離終了では、1週間以上も隔離日数を減らすことが可能でした。
     これらの知見は、現在の3週間の隔離ルールを科学的に裏付ける重要な根拠となります。また、検査による隔離終了ルールを導入することで、隔離期間を不必要に長くすることなく、効果的に管理できる可能性を示しました。

    【成果の意義】

     エムポックスの感染リスクに関するこれまでの研究では、性的接触者数やパートナー数の個人差に焦点が当てられてきた一方で、ウイルス排出期間の違いにはあまり注目されてきませんでした。しかし、分析対象のエムポックス感染者のうち約32%が、ウイルス排出期間が平均より5~10日短いことが本研究により明らかになりました。このような人のウイルス伝播寄与は短期間に限られ、その結果、二次感染者数がより少なくなると考えられます。一方、エムポックス感染者の一部は、平均よりも著しく長くウイルス排出しうる(すなわち長く感染伝播に寄与する)こともわかりました。つまり、PCR検査結果に基づく隔離終了ルールをうまく設計することで、リスクを抑えつつ隔離期間を最適化できる可能性があります。
    異なる隔離終了ルールの利点と欠点を慎重に検討することが不可欠であり、医薬品を使用しない非薬物的介入を効果的に実施できるようにすることは、将来発生するその他の感染症に対しても、迅速で効率的に対応するための礎にもなります。
     本研究では、隔離終了タイミングのシミュレータ開発によって隔離ガイドラインの確立に貢献するだけではなく、疾患の超早期(未病)におけるウイルス排出のばらつきをヒト個人レベルで考慮する数理的手法を提案しています。また、将来的には、感染の超早期(未病)段階においてウイルス排出期間を予測する医学的対策を開発することで、エムポックスの隔離期間の緩和によるより簡便な感染症対策が実施可能になるかもしれません。
     本研究はクレードⅡのエムポックス感染者における研究成果ですが、クレードⅠのエムポックス感染者においても、本研究と同様のデータがあれば適切な隔離期間の設定が可能になるため、この研究はクレードⅠにおいても重要な示唆を提供する可能性があります。

     本研究は、様々な感染症における超早期(未病)状態の推定に適用できる数理科学理論を開発する研究を推進する2021年度開始のJST ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標2 「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」(JPMJMS2021、JPMJMS2025)、および2023年度開始のJST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「パンデミックに対してレジリエントな社会・技術基盤の構築」(JPMJPR23RA)の支援のもとで行われたものです。

    【用語説明】

    注1) エムポックス:
    1970年にザイール(現在のコンゴ民主共和国)でヒトでの初めての感染が確認された、オルソポックスウイルス属のエムポックスウイルスによる感染症で、中央アフリカから西アフリカにかけて流行しています。日本国内では感染症法上の4類感染症に指定されており、2024年6月30日までに247例が報告されている。
    注2) 症状消失を基準にした一般的な隔離終了:
    米国疾病予防管理センター(CDC)では、喉の痛みなどを含む一般的な症状を有する場合や、皮膚病変が完治していない場合は自己隔離を行うことを推奨している。典型的な病状の継続期間として3週間程度が見込まれている。
    注3) クレード:
    エムポックスは、コンゴ盆地型(クレードⅠ)と西アフリカ型(クレードⅡaおよびⅡb)の2系統に分類される。コンゴ盆地型(クレードⅠ)による感染例の死亡率は10%程度であるのに対し、西アフリカ型(クレードⅡaおよびⅡb)による感染例の死亡例は1%程度と報告されている。

    【論文情報】

    雑誌名:  Nature Communications
    論文タイトル:  Modelling the effectiveness of an isolation strategy for managing mpox outbreaks with variable infectiousness profiles
    著者:
    Yong Dam Jeong  名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 特任助教
    William S Hart  Mathematical Institute, University of Oxford, Postdoctoral Research Associate
    Robin Thompson  Mathematical Institute, University of Oxford, Associate Professor
    石金 正裕  国立国際医療研究センター 国際感染症センター 医師
    西山 尚来  名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 博士課程
    Hyeongki Park  名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 助教
    岩元 典子  国立国際医療研究センター 国際感染症センター 医師
    櫻井 彩奈  国立国際医療研究センター 国際感染症センター 、臨床フェロー
    鈴木 倫代  国立国際医療研究センター 国際感染症センター 上級研究員
    合原 一幸  東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN) エグゼクティブ・ディレクター、主任研究者、東京大学 特別教授、理化学研究所数理創造プログラム 客員主管研究員
    渡士 幸一  国立感染症研究所 治療薬・ワクチン開発研究センター 治療薬開発総括研究官、東京理科大学大学院理工学研究科応用生物科学 客員教授、早稲田大学大学院先進理工学研究科 客員教授
    Eline Op de Coul  Centre for Infectious Disease Control, The Dutch National Institute for Public Health and the Environment (RIVM), Senior Epidemiologist
    大曲 貴夫  国立国際医療研究センター 国際感染症センター センター長
    Jacco Wallinga  Department of Biomedical Data Sciences, Leiden University Medical Center (LUMC), Professor
    岩見 真吾  名古屋大学大学院理学研究科 教授
    兼:
    京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
    連携研究者
    九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 客員教授
    理化学研究所数理創造プログラム 客員研究員
    東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究 機構(WPI-IRCN)連携研究者
    三浦 郁修  Centre for Infectious Disease Control, The Dutch National Institute for Public Health and the Environment (RIVM)主任研究員、愛媛大学 先端研究院 沿岸環境科学研究センター(CMES)研究員

    DOI:  10.1038/s41467-024-51143-w
    URL:  https://www.nature.com/articles/s41467-024-51143-w

    【研究者連絡先】

    東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科
    兼: 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi) 連携研究者
       九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 客員教授
    理化学研究所数理創造プログラム 客員研究員
    東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)連携研究者
    教授 岩見 真吾(いわみ しんご)

    オランダ国立公衆衛生環境研究所(RIVM)疾病管理センター
    兼: 愛媛大学 先端研究院 沿岸環境科学研究センター(CMES)
    主任研究員 三浦 郁修(みうら ふみなり)

    【報道連絡先】

    東海国立大学機構 名古屋大学広報課

    九州大学 広報課

    京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi) リサーチ・アクセラレーション・ユニット

    東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN) 広報担当

    理化学研究所 広報室 報道担当

    科学技術振興機構 広報課

    愛媛大学 総務部広報課

    国立国際医療研究センター(NCGM) 企画戦略局 広報企画室

    【JST事業に関すること】

    科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業部
    松尾 浩司(まつお こうじ)