発表のポイント
- 気分障害において、うつの自覚症状が優位な群では他覚的評価が優位な群と比べて、前頭極-楔前部間の脳機能的接続が大きいことを見出しました。
- うつの自覚症状と他覚的評価のかい離に関わる脳神経基盤を明らかにした、初めてのfMRI研究です。
- 本研究の結果は将来的に、気分障害の診断や治療方針決定の一助となる可能性が期待されます。
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)の岡田直大特任准教授、同大学大学院医学系研究科精神医学分野/医学部附属病院精神神経科の笠井清登教授(WPI-IRCN 主任研究者)、同大学医学部附属病院精神神経科の川上慎太郎助教(研究当時)らの研究グループは、気分障害において、うつの自覚症状が優位な群(以下、「自覚優位群」)では他覚的評価が優位な群(以下「他覚優位群」)と比べて、前頭極(注1)-楔前部(注2)間の機能的接続(注3)が大きいことを明らかにしました。本研究では世界で初めて、機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging, fMRI)(注4)を用いて、うつの自覚症状と他覚的評価のかい離に関わる脳回路を同定しました。先行研究と比較して、空間的解像度の高いfMRIを用いて全脳解析を実施した点において新規性があり、この研究成果は今後、気分障害の診断や治療方針決定の一助となる可能性が期待されます。
なお本研究の成果は、2024年7月25日(木)(英国時間)に、英国科学誌「Cerebral Cortex」に掲載されました。
<研究の背景>
気分障害におけるうつの自覚症状と他覚的評価は必ずしも一致せず、かい離を認めることがあります。うつの自覚症状が他覚的評価よりも優位な患者は、環境等の心理的負荷が要因である、不安が強い、思考や対人関係に関する特性が発症前から存在する、といった特徴が認められやすいことが知られています。症状の特徴としては、絶望を感じやすく、自殺関連行動に至りやすいことが知られています。治療としては、薬物療法の効果が乏しく心理社会的療法の併用が必要となるケースが、少なくありません。したがって、自覚症状と他覚的評価とのかい離は、転帰の予測や治療法の選択の手がかりとなる可能性があります。しかしながら、その脳神経基盤について近赤外線スペクトロスコピー(注5)を用いて調べた研究は少数ありましたが、これまでほとんど明らかにされておらず、空間的解像度の高いfMRIを用いて調べた研究はありませんでした。
<研究の内容>
本研究では、気分障害(大うつ病性障害、気分変調性障害、双極性障害)の患者124名を対象として撮像された安静時fMRIの解析により、うつの自覚症状と他覚的評価のかい離と関連する脳機能的接続を調査しました。
まずはじめに、自覚優位群(47名)と他覚優位群(46名)の脳機能的接続を比較しました。その結果、自覚優位群では他覚優位群と比べて、前頭極-楔前部間の機能的接続が大きいことを明らかにしました(図1)。なおこれらの部位は、デフォルト・モード・ネットワーク(注6)に含まれることが知られており、うつにおける反すう思考(注7)や自己参照思考(注8)と関連することが報告されています。一方、他覚優位群の方が自覚優位群と比べて大きい脳機能的接続は、認められませんでした。
次に、うつの自覚症状と他覚的評価とかい離が小さい患者(自覚優位群でも他覚優位群でもない患者)を含めたすべての患者(124 名)を対象として、上記の解析で見出された前頭極-楔前部間の機能的接続が、自覚・他覚のかい離の程度と関連するかどうかを調査しました。その結果、自覚症状が優位なほどこの機能的接続が大きいことが示されました(図2)。
<今後の展望>
本研究では世界で初めて、fMRIを用いて、うつの自覚症状と他覚的評価のかい離に関わる脳回路を同定しました。先行研究と比較して、空間的解像度の高いfMRIを用いて全脳解析を実施した点において新規性があります。この研究成果は今後、気分障害の診断や治療方針決定の一助となり、患者に有益な効果をもたらす可能性が期待されます。また、うつ症状を自覚するといった自己参照思考は、本来人間にとって、自己理解とそれに続く社会関係の発展に必要な精神機能です。本研究を足がかりにして、このような人間独自の精神機能について、その脳神経メカニズムがさらに解明されることが期待されます。
国立大学法人東京大学
国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
岡田 直大 特任准教授
大学院医学系研究科 精神医学分野
笠井 清登 教授
兼:医学部附属病院 精神神経科 科長
国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN) 主任研究者
医学部附属病院 精神神経科
川上 慎太郎 助教(研究当時)
雑誌名:Cerebral Cortex
題 名:Frontal pole-precuneus connectivity is associated with a discrepancy between self-rated and observer-rated depression severity in mood disorders: A resting-state functional magnetic resonance imaging study
著者名:Shintaro Kawakami, Naohiro Okada*, Yoshihiro Satomura, Eimu Shoji, Shunsuke Mori, Masahiro Kiyota, Favour Omileke, Yu Hamamoto, Susumu Morita, Daisuke Koshiyama, Mika Yamagishi, Eisuke Sakakibara, Shinsuke Koike, Kiyoto Kasai
DOI:10.1093/cercor/bhae284
URL:https://doi.org/10.1093/cercor/bhae284
本研究は、MEXT/JSPS科学研究費(課題番号:JP20H03596, JP21H05171, JP21H05174, JP22H04926, JP22K18419)、AMED(課題番号:JP19dm0207069, JP18dm0307001, JP18dm0307004, JP23wm0625001)、JSTムーンショット型研究開発事業(課題番号:JPMJMS2021)の支援により実施されました。
(注1)前頭極
認知機能や実行機能を司るとされる前頭前野の一部であり、なかでも最も前方に位置します。
(注2)楔前部
感覚の処理を司るとされる頭頂葉の一部であり、その後方内側に位置します。
(注3)機能的接続
異なる脳部位における、機能的な活動の時間的な相関(同期)の程度を表します。
(注4)機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging, fMRI)
磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging, MRI)は、磁気を利用して体内を撮像することができる、放射線被ばくがなく安全な検査装置であり、医療現場で広く利用されています。fMRIは、脳の局所的な血行動態から機能的な活動をとらえることができる技術です。
(注5)近赤外線スペクトロスコピー
近赤外線を用いて、fMRIと同様に、脳の局所的な血行動態から機能的な活動をとらえることができる技術です。被験者の姿勢に関する制約が少ない、時間的解像度が高いという長所がありますが、一方で、脳の深部を計測できない、空間的解像度が低いといった短所もあります。
(注6)デフォルト・モード・ネットワーク
意識的な認知活動をせず安静状態にある場合に、神経活動が同期する脳内のネットワークです。楔前部、内側前頭前野・前頭極などの脳領域が含まれます。
(注7)反すう思考
過去のネガティブな内容を繰り返し考え悩み続けることです。うつ状態との関連が知られています。
(注8)自己参照思考
自己に関連する情報や経験を意識して処理する認知過程のことです。過度な自己参照思考
は、うつ状態などの精神的不調と関連することが知られています。
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
特任准教 岡田 直大(おかだ なおひろ)
<報道に関する問合せ>
国立大学法人東京大学
国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
広報担当
医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井