発表のポイント
- 一般の思春期における様々な精神症状の経時変化を網羅的に分析し、持続する引きこもり症状と増加する身体不調がどちらも希死念慮のリスクであることを見出しました。
- 思春期の精神症状の自殺リスクは経時変化のパターン(持続、増加、減少など)によって異なることがわかっていますが、過去の研究ではそれぞれ一種類の症状の経時変化しか分析されていませんでした。本研究はさまざまな精神症状の経時変化を同時に分析することで、他の症状の影響を考慮した上でそれぞれの症状の希死念慮リスクを評価した初めての研究です。
- 本研究の成果より、思春期児童と関わる幅広い人々がこれらの症状に注意を払い、自殺予防のための支援につなげていくきっかけになることが期待されます。
思春期の精神症状の経時変化と希死念慮のリスクを網羅的に分析
概要
東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻臨床神経精神医学講座の宇野晃人大学院生(医学博士課程)、安藤俊太郎准教授、笠井清登教授(同大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者)、同大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻教育心理学講座の宇佐美慧准教授、東京都医学総合研究所社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らの研究グループは、一般の思春期児童2,780人のさまざまな精神症状の経時変化を網羅的に分析し、思春期児童の精神症状のなかでも持続する引きこもり症状と増加する身体不調の希死念慮リスクが高いことを見出しました(図1)。思春期の精神症状の自殺リスクは経時変化のパターン(持続、増加、減少など)によって異なることがわかっていますが、過去の研究ではそれぞれ一種類の症状の経時変化しか検討されていませんでした。本研究はさまざまな精神症状の経時変化のパターンを同時に分析することで、他の症状の影響を考慮した上でそれぞれの症状の希死念慮リスクを評価した初めての研究です。本研究の知見から、さまざまな精神症状のなかでも、持続する引きこもり症状と増加する身体不調が思春期の自殺予防のために重要であることが示唆されます。地域生活のなかで思春期児童と関わる幅広い人々がこれらの症状の自殺リスクに注意を払い、自殺予防のための支援につなげていくきっかけになることが期待されます。
なお、本研究は米国医学雑誌「JAMA Network Open」(オンライン版:米国東部標準時1月25日)に掲載されました。
図1:思春期の精神症状の経時変化と希死念慮のリスクを網羅的に分析
発表内容
<研究の背景>
思春期のこころの健康が世界的に推進されているにもかかわらず、自殺は依然として思春期で最も多い死因の一つです。思春期の自殺の大きなリスクである精神症状は、経時変化のパターン(持続、増加、減少など)によってリスクの大きさが異なることがわかっています。心身が大きく変化する思春期ではいくつかの種類の精神症状が同時に存在することも珍しくありませんが、過去の研究ではそれぞれ一種類の症状の経時変化しか分析されていないため、同時に存在するさまざまな症状のなかで特にどの症状が重要なのかが不明なままでした。
<研究内容>
そこで本研究では思春期のさまざまな精神症状を網羅的に扱い、各症状の経時変化のパターンによってクラスタリング(注1)したうえで希死念慮(注2)との関係を調べました。
対象としたのは、思春期の発達について幅広く追跡している東京ティーンコホート研究(注3)で10歳時、12歳時、16歳時の調査において少なくとも2回以上精神症状を評価された2,780人の一般の思春期児童です。8種類の精神症状(引きこもり症状、身体不調、不安抑うつ症状、社会性の問題、思考の問題、注意の問題、非行的行動、攻撃的行動)を養育者に対するアンケート調査で評価しました。希死念慮は16歳時に本人に対する質問票で評価しました。
さまざまな精神症状に対するクラスタリングによって、経時変化のパターンが異なるグループを見つけました。その結果は症状の種類ごとに異なっていました(図2)。これらの症状のグループを同時に考慮して分析すると、「持続する引きこもり症状」(14.1%)と「増加する身体不調(注4)」(8.4%)の2グループだけが希死念慮と関係していました。また、「持続する引きこもり症状」、「増加する身体不調」と希死念慮の関係はそれぞれ独立したものであることもわかりました。
図2:さまざまな精神症状の経時変化のパターンによるクラスタリングの結果
<社会的意義・今後の展望>
思春期の自殺予防は重要な社会的課題です。さまざまな精神症状のなかでも、持続する引きこもり症状と増加する身体不調が思春期の自殺予防のために重要であることが示唆されました。引きこもり症状や身体不調は、不安抑うつ症状などと比べれば周囲から見つけやすい症状です。思春期児童と関わる幅広い人々が、これらの症状の自殺リスクに注意を払い、自殺予防のための支援につなげていくきっかけになることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
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大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 臨床神経精神医学講座
宇野 晃人 医学博士課程
兼:東京大学医学部附属病院 精神神経科 病院診療医
安藤 俊太郎 准教授
兼:東京大学医学部附属病院 精神神経科 副科長
笠井 清登 教授
兼:東京大学医学部附属病院 精神神経科 科長
兼:東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者
大学院教育学研究科 総合教育科学専攻 教育心理学講座
宇佐美 慧 准教授
東京都医学総合研究所
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社会健康医学研究センター
西田 淳志 センター長
論文情報
雑誌名:JAMA Network Open
題 名:Suicidal thoughts and trajectories of psychopathological and behavioral symptoms in adolescence
著者名:Akito Uno, Daiki Nagaoka, Satoshi Usami, Riki Tanaka, Rin Minami, Yutaka Sawai, Ayako Okuma, Syudo Yamasaki, Mitsuhiro Miyashita, Atsushi Nishida, Kiyoto Kasai, Shuntaro Ando* (*責任著者)
DOI:10.1001/jamanetworkopen.2023.53166
研究助成
本研究は、「個体脳ー世界相互作用ループの時代・世代・ジェンダー影響の解明(課題番号:21H05174)」等の文部科学省科研費KAKENHI(課題番号:20H01777、20H03951、21H05171、21K10487、22H05211、23K07028、23H02834)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(課題番号:JP19dm0207069、JP18dm0307001、JP18dm0307004)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業(課題番号:JPMJMS2021)、JST未来社会創造事業(課題番号:JPMJMI21J3)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)クラスタリング
あるデータの集合を、それぞれ共通の特徴をもついくつかのグループに分ける研究の手法です。本研究では潜在クラス成長分析(LCGA)という統計手法を使って、精神症状の経時変化のパターンをもとにしたクラスタリングを行いました。
(注2)希死念慮(きしねんりょ)
死にたいと思う気持ちを指して使う精神医学用語です。積極的希死念慮(死にたい)と消極的希死念慮(生きていても仕方がない)に分けられます。本研究では消極的希死念慮を評価しました。希死念慮は将来の自殺のリスクになることが知られています。
(注3)東京ティーンコホート
東京大学・東京都医学総合研究所・総合研究大学院大学の3機関が連携して行っている東京都内の3つの自治体(世田谷区、三鷹市、調布市)に居住する思春期とその養育者が参加する大規模な疫学研究です。2002年9月から2004年8月までの間に生まれた子がいる世帯のなかから住民基本台帳によってランダムに抽出し、長期間にわたる繰り返しの研究への参加について協力が得られた3,171世帯を対象としています。東京ティーンコホートの対象者は、この世代の一般住民を代表しています。東京ティーンコホートでは、心理状態、認知機能、社会学的背景、および身体に関する尺度といったさまざまな情報を、参加者とその養育者から取得しています。東京ティーンコホートのウェブサイト(http://ttcp.umin.jp)で詳細をご覧いただけます。
(注4)身体不調
身体的な病気がないにもかかわらず、痛み、疲労感、吐き気、めまいなど身体の不調が生じることは思春期で珍しくありません。心理的なストレスが身体に現れているとも考えられています。ほとんどの場合は自然に回復しますが、長引くと生活の質を損なうことが知られています。
問合せ先
東京大学 大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 臨床神経精神医学講座
(東京大学医学部附属病院 精神神経科)
准教授 安藤 俊太郎(あんどう しゅんたろう)
〈広報担当連絡先〉
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井
東京大学 国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
広報担当
東京大学 教育学部・教育学研究科 庶務チーム
東京都医学総合研究所 事務局研究推進課 普及広報係