発表のポイント
- 思春期を対象としたコホート研究により、13歳から16歳にかけて心理的困難さが高まる人では、ミスマッチ陰性電位という脳波の反応が経時的に低下することを明らかにしました。
- 思春期における脳の発達と心の不調との関連については、精神疾患のリスクが高い人に対象を絞った研究や、一時点での関連を調べた研究が報告されてきましたが、本研究では、思春期一般人口で生じる心の不調の変化とミスマッチ陰性電位の発達的な変化が関連することを初めて明らかにしました。
- 思春期は心の発達に重要な時期です。本研究成果は思春期における心の不調のメカニズム解明に役立つ可能性があり、心の健康増進に貢献することが期待されます。
思春期で心理的困難さが高まる人ほどミスマッチ陰性電位が低下(マイナスの振幅が低下)
発表概要
東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻精神医学分野医学博士課程の臼井香大学院生(研究当時/現・国立精神・神経医療研究センター リサーチフェロー)、笠井清登教授、東京大学バリアフリー支援室の切原賢治准教授らの研究グループは、思春期を対象としたコホート研究を行い、13歳から16歳における心理的困難さ(注1)の変化と脳波により測定されるミスマッチ陰性電位(注2)の変化が関連することを明らかにしました(図1、2)。
図1:ミスマッチ陰性電位
図2:ミスマッチ陰性電位の低下が心理的困難さの増加と関連
さらに、16歳の時に心理的困難さが高いグループでは13歳から16歳におけるミスマッチ陰性電位が年齢とともに低下する一方、心理的困難さが低いグループでは低下しないことを明らかにしました(図3)。
図3:心理的困難さの程度によってミスマッチ陰性電位の発達的な変化が異なる
これまでの研究で、思春期における脳の発達と心理的困難さとの関連が報告されていますが、その多くが、精神疾患やそのリスクの高い方を主な対象としていたり、一時点における脳の指標と心理的困難さを調べたりしたものでした。本研究では、思春期一般人口で生じる心理的困難さの変化とミスマッチ陰性電位の発達的な変化が関連することを初めて明らかにしました。
思春期は心の発達に重要な時期であり、今回の結果は、思春期の心の不調のメカニズム解明に役立つ可能性があり、心の健康増進に貢献することが期待されます。
なお、本研究は米国科学誌「Cerebral Cortex」(オンライン版:10月10日)に掲載されました。
発表内容
〈研究の背景〉
思春期は、児童期から成人期の間に位置し、人間に特徴的な高度な精神機能が成熟する重要なライフステージです。一方で、心の不調や精神疾患の発症が多い時期でもあります。思春期は大脳皮質を中心に脳の発達が生じる時期であり、思春期における脳の発達は心理的困難さへ影響を与える可能性があると考えられます。
これまでの研究で、思春期における脳の発達と心理的困難さとの関連が報告されていますが、その多くが、精神疾患やそのリスクの高い方を主な対象としていたり、一時点における脳の指標と心理的困難さを調べたりしたものでした。そこで、本研究グループは、一般の思春期集団を対象に繰り返し調査を行い、思春期における脳の発達と心理的困難さとの関連を調べました。
〈研究の内容〉
本研究グループは、思春期を対象としたコホート研究である東京ティーンコホート調査(注3)の参加者のうち、脳波測定と心理的困難さのアンケートを行った67名の方を対象に、ミスマッチ陰性電位と心理的困難さとの発達による変化の関連について、次のような方法で調べました。
参加者は、13歳と16歳の2回のタイミングで脳波計測とアンケートの回答を行いました。脳波計を用いてミスマッチ陰性電位を計測しました。心理的困難さは、思春期の参加者の親が「子どもの強さと困難さアンケート」(注1)に回答することにより評価されました。この研究は東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会で審査を受けた後、当研究について説明し、自由意志に基づき参加にご同意いただいた方を対象に行いました。
その結果、ミスマッチ陰性電位の変化は心理的困難さの変化と関連することを明らかにしました(図2)。さらに、16歳の時に心理的困難さが高いグループ(33名)では13から16歳にかけてミスマッチ陰性電位が年齢とともに低下する一方、心理的困難さが低いグループ(34名)では低下しないことを明らかにしました(図3)。
〈今後の展望〉
今回の研究で、思春期におけるミスマッチ陰性電位の発達的変化が心理的困難さの変化と関連することが明らかになりました。また、心理的困難さの程度によってミスマッチ陰性電位の発達的変化が異なることも見出しました。ミスマッチ陰性電位の発生には脳の情報処理を担う前頭、側頭を中心とした神経回路やグルタミン酸神経伝達が関与することが報告されています。本研究の結果は、思春期の心理的困難さが生じるメカニズムを解明することに役立つ可能性があり、こころの健康増進に貢献することが期待されます。
発表者
東京大学
医学部附属病院 精神神経科
臼井 香(届出研究員) 〈兼:国立精神・神経医療研究センター リサーチフェロー/
研究当時:東京大学大学院医学系研究科 脳神経医学専攻
精神医学分野 医学博士課程〉
バリアフリー支援室
切原 賢治(准教授) 〈兼:東京大学医学部附属病院 精神神経科(届出診療員)〉
大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 精神医学分野
笠井 清登(教授) 〈兼:東京大学医学部附属病院 精神神経科(科長)/
兼:東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(IRCN)(主任研究者)〉
論文情報
〈雑誌〉Cerebral Cortex
〈題名〉Longitudinal change in mismatch negativity (MMN) but not in gamma-band auditory steady-state response (ASSR) is associated with psychological difficulties in adolescence
〈著者〉Kaori Usui, Kenji Kirihara, Tsuyoshi Araki, Mariko Tada, Daisuke Koshiyama, Mao Fujioka, Ryoichi Nishimura, Shuntaro Ando, Shinsuke Koike, Hiroshi Sugiyama, Toru Shirakawa, Rie Toriyama, Mio Masaoka, Shinya Fujikawa, Kaori Endo, Syudo Yamasaki, Atsushi Nishida, Kiyoto Kasai* (*責任著者)
〈DOI〉10.1093/cercor/bhad346
研究助成
本研究は、AMED脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト)「候補回路型・双方向トランスレーショナルリサーチによる脳予測性障害の回路・分子病態解明」、文部科学省学術変革領域(A)「当事者化行動科学」による支援を受けて行われました。
用語解説
(注1)心理的困難さ、子どもの強さと困難さアンケート
今回の研究では「子どもの強さと困難さアンケート」(Strengths and Difficulties Questionnaire:SDQ)を用いて心理的困難さを評価しました。「子どもの強さと困難さアンケート」は、子どもの情緒や行動について25の質問項目からなり、今回の研究では参加者の親に回答してもらいました。得られた回答から心理的困難さの得点を求めました。精神的な健康状態を評価する指標であり、点数が高いほど困難さが大きいことを意味します。
(注2)ミスマッチ陰性電位
ミスマッチ陰性電位は多くの場合、オドボール課題を用いて測定します。オドボール課題では同じ音(標準刺激)を繰り返し聞きますが、時々違う音(逸脱刺激)を聞きます。オドボール課題中に脳波を測定すると、逸脱刺激を聞いてから100~200ミリ秒後に前頭部で陰性の電位変化が出現し、これをミスマッチ陰性電位と言います。児童から成人にかけてミスマッチ陰性電位の振幅が増加することが多く報告されています。一方、精神疾患のリスクが高いと異なる変化を示すことが報告されており、精神疾患と関連する指標であると考えられています。
(注3)東京ティーンコホート調査
東京大学・総合研究大学院大学・東京都医学総合研究所の3つの機関が連携して行っている東京都居住の思春期対象者が参加する大規模な疫学研究です。東京都内の3つの自治体の住民基本台帳を用いて、平成14年9月1日から平成16年8月31日までの間に生まれた子がいる世帯を無作為に抽出し、連絡を取ることができた世帯のうち、長期間にわたる繰り返しの研究へ参加することへの協力が得られた3,171世帯が対象となりました。そのため、東京ティーンコホート調査の対象者は、一般人口集団に由来しています。東京ティーンコホート調査では、心理学的状態、認知機能、社会学的背景、および身体に関する尺度といったさまざまな情報を、参加者とその親より取得しています。東京ティーンコホートのウェブサイト (http://ttcp.umin.jp) で詳細をご覧いただけます。
問合せ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学 バリアフリー支援室
准教授 切原 賢治(きりはら けんじ)
〈報道に関する問合せ〉
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井
東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
広報担当