幻聴に関連した脳構造特徴を発見

1. 発表者:
小池 進介 (東京大学 大学院総合文化研究科 附属進化認知科学研究センター 准教授/東京大学 国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)連携研究者 )
曾根 真理 (東京大学 大学院総合文化研究科 附属進化認知科学研究センター 学術専門職員(研究当時))

2. 発表のポイント:
◆  統合失調症の幻聴の有無による脳構造の変化を比較的大規模なデータセットを用いて検討し、幻聴の発生に関わる脳部位を明らかにしました。
◆  過去の幻聴体験のみならず、MRI撮像時点での幻覚の有無と脳の関連性を検討することにより、幻聴の発生と持続過程に関する結果を得ることができました。
◆  幻聴に関連した脳構造特徴は、今後、幻聴の発生メカニズムの解明に貢献すると考えられます。

3.発表概要:
 東京大学大学院総合文化研究科附属進化認知科学研究センター・小池進介准教授(ニューロインテリジェンス国際研究機構 連携研究者)、東京大学医学部附属病院精神神経科 ・笠井清登教授(ニューロインテリジェンス国際研究機構 主任研究者)、東京大学医学部附属病院放射線科 ・阿部修教授、浜松医科大学医学部精神医学講座・山末英典教授 (前東京大学医学部附属病院精神神経科准教授) らの研究グループは、磁気共鳴画像(MRI)から得られた脳構造画像を用いて統合失調症の幻聴に関連した脳構造特徴について研究をおこない、幻聴に関連する脳部位を明らかにしました。

統合失調症の主な症状に幻聴がありますが、すべての統合失調症当事者が幻聴を体験するわけではありません。これまで多くの研究グループが統合失調症の幻聴に関連した脳構造特徴を指摘してきましたが、サンプルサイズが十分ではない、幻聴体験を聴取する手法の信頼性が低いなど、様々な問題により研究結果が一致してきませんでした。また、幻聴体験のみならず、幻聴症状の持続と脳構造の関連について検討されることはほとんどありませんでした。

 そこで本研究グループでは、3つの撮像プロトコルデータを結合した大規模データセットを用いて、脳構造特徴を統合失調症幻聴あり群、幻聴なし群、健常対照群の3群で比較し分析しました。その結果、発語処理過程に関わる部位を含めた5つの脳部位で、幻聴あり群に有意な差があることがわかりました。さらに幻聴あり群を、MRI撮像時点での幻聴持続の有無で検討したところ 、幻聴持続群では非持続群に比べて、両側海馬体積が減少していることが明らかになりました。 今後、幻聴の発生過程の解明や、その治療についての研究に進むことが期待されます。

4.発表内容:
[研究の背景・先行研究における問題点]
統合失調症は人口の約1%が罹患する精神疾患で、幻覚や被害妄想などの陽性症状、抑うつや自閉などの陰性症状、認知機能障害が組み合わさった症候群です。統合失調症の特徴的な幻覚として幻聴があり、会話をしている声が聞こえたり話しかけてくる 「対話性幻聴」、行動を命令してくる「命令性幻聴」、自分の考えが声になって聞こえる「考想化声」など、単に音が聞こえるのではなく、比較的複雑な形式であることが特徴的です。

幻聴は多くの統合失調症当事者が苦しむ一般的な症状である一方、幻聴を体験しない当事者も多くおり、なぜ同じ症候群の中に幻聴体験の有無が生まれるのかはわかっていませんでした。これまで多くの研究グループが、統合失調症における幻聴に関連する脳構造特徴を指摘してきましたが、研究結果が一致しないことが多く、一貫性のある結論を導くことができませんでした。主な理由として、サンプルサイズが十分ではない、幻聴体験を聴取する手法の信頼性が低いことなどが挙げられてきました。これまでの研究では、幻聴体験の有無についてMRI撮像時の臨床診断のみを使用することが多く、想起バイアス(注1)の可能性が指摘されていました。

そこで本研究グループでは、3つのMRI脳構造データを結合して、これまでより大きなサンプルサイズのデータセットを解析することにより、1)統合失調症の幻聴あり群、幻聴なし群、健常対照群の3群を比較検討し、幻聴体験に関連した脳構造特徴を明らかにすること、2)さらに、幻聴持続に関連する脳構造特徴について明らかにすることを目的としました。

[研究内容]
統合失調症87名(うち幻聴あり58名、幻聴なし29名)、健常対照117名の脳構造画像を用い、68部位の皮質表面積、68部位の皮質厚、14部位の皮質下体積の比較をおこないました。幻聴の有無は、2名の精神科専門医がカルテ情報、入退院サマリー情報を詳細に調査しました。その結果、幻聴あり群の方が左中心前回と左尾側中前頭回の表面積が、幻聴なし群と健常対照群と比べて小さいことがわかりました。また、両側海馬の体積、左島皮質表面積が幻聴あり群の方が、健常対照群と比べて小さいことがわかりました(図1) 。

この5特徴について、MRI撮像時に行われた重症度評定を用いてさらに検討を行いました。幻聴あり群を幻覚症状の有無で2つのカテゴリーに分け、幻聴持続群、非持続群として比較を行いました。その結果、幻聴あり群の中で、幻聴持続群は、非持続群に比べて、両側海馬の体積が小さいことがわかりました。

幻聴あり群に変化が見られた左尾側中前頭回は、ブロードマンの脳領域55bという、発語などの言語操作の役割が示唆されている脳部位を含みます。また、左尾側中前頭回は言語作業記憶(ワーキングメモリ)や言語認知処理と関係すると考えられており、その中でも、競合する複数の外部刺激(聴覚、視覚)などから必要な情報を選択する役割を果たすとされています。統合失調症で認められる幻聴は、脳内での言語思考(内言)と外部からの言語刺激(外言)の区別が障害されていることにより起こるという説が提唱されています。今回の幻聴あり群に見られた左尾側中前頭回の表面積減少は、このような言語処理機能の障害と関係している可能性を示唆しています。

[社会的意義・今後の予定]
本研究は、未だ謎に包まれている幻聴の発生機序の理解に貢献すると考えられます。今後、こうした症状発生機序の理解が、より効果的な治療法の開発につながることが期待されます 。今後は幻聴発生の機序の理解をさらに深めるべく、統合失調症の幻聴に関連した脳部位の機能変化を詳しく検証し、幻聴発生機序の解明に努めたいと考えています。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳とこころの研究推進プログラム(戦略的国際脳科学研究推進プログラム[(国際脳,: JP21dm0307001、 JP21dm0307004]))、革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト([革新脳,; JP21dm0207069])、日本学術振興会科学研究費補助金(JP19H03579, JP20KK0193, JP21H02851, JP21H05171, JP21H05174)、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、科学技術振興機構ムーンショット目標2(JPMJMS2021)の助成により支援されました。また、東京大学人間行動科学研究拠点(CiSHuB)、ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)、昭和大学文部科学省共同利用・共同研究拠点(発達障害研究拠点)の支援を受けました。

5.発表雑誌:
雑誌名:Translational Psychiatry(オンライン版:12月22日)
論文タイトル:Structural brain abnormalities in schizophrenia patients with a history and presence of auditory verbal hallucination
著者: Mari Sone, Daisuke Koshiyama, Yinghan Zhu, Norihide Maikusa, Naohiro Okada, Osamu Abe, Hidenori Yamasue, Kiyoto Kasai, Shinsuke Koike*.
DOI:10.1038/s41398-022-02282-5

6.問い合わせ先:
東京大学 大学院総合文化研究科 附属進化認知科学研究センター
准教授 小池 進介(こいけ しんすけ)

7.用語解説:
(注1)想起バイアス
過去の出来事や経験を想起する際に、研究参加者が記憶の曖昧さにより正確性に欠ける情報を実験者に伝えることによって起こる誤差、バイアスのことです。

8.添付資料:


図1.群間差のあった脳構造特徴(* p<0.05, ** p<0.01, *** p<0.001)