ウイルス排出量のピークが早い!新型コロナウイルスの治療が困難な理由を解明
~数理科学を駆使した異分野融合生物学研究の最前線~

九州大学大学院理学研究院のキム・クァンス(Kwangsu Kim)特任助教、岩見真吾准教授は、米国インディアナ大学公衆衛生大学院の江島啓介助教らとの共同研究により、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する抗ウイルス薬剤治療が他のコロナウイルス感染症と比較して困難である理由の1つを解明しました。数理科学を駆使した今回の解析結果は、今後の臨床結果と比較することで検証を行い、データ解析の精度をさらに向上させます。
一般的に細胞から上気道(鼻・咽頭・喉頭)へ排出されるウイルス量がピークを迎える前に、ウイルス複製阻害薬剤の投与を開始することが、体内のウイルス排出量を減少させるために重要であることは、インフルエンザなどの臨床試験からも知られています。
研究グループは、COVID-19に加えて、過去に流行した中東呼吸器症候群(MERS)および重症急性呼吸器症候群(SARS)の臨床試験データを収集・分析しました。症例間の不均一性を考慮した上で、生体内でのウイルス感染動態を記述する数理モデルを用いて解析した結果、COVID-19では過去のコロナウイルス感染症であるMERSやSARSと比較して、早期にウイルス排出量がピークに達することを明らかにしました。さらに、開発したコンピューターシミュレーションによる網羅的な分析から、たとえ使用するウイルス複製阻害薬剤やウイルス侵入阻害薬剤が強力であったとしても、ピーク後に治療を開始した場合、ウイルス排出量を減少させる効果は極めて限定的であることを見出しました。今回明らかにしたCOVID-19の生体内の感染動態は、治療戦略を開発する上で極めて重要な定量的知見であり、現在本研究に基づいてデザインされた医師主導治験(jRCT2071200023)が国内で実施されています。本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業探索加速型「共通基盤」領域、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症研究基盤創生事業多分野融合研究領域に支援されたものです。本研究の成果は、2021年3月23日(火)(日本時間)に国際学術雑誌「PLOS Biology」で掲載されます 。
研究者からひとこと:
体内におけるウイルス感染の特徴を定量的に理解することは、病気を治療する戦略を立てるために重要です。今回の研究は、COVID-19を含む症例データを数理科学の力で分析することで、コロナウイルスの様々な感染動態を特徴づけ、治療戦略を提案することに成功しました。本研究で得られた知見に基づいた医師主導治験が現在行われています。(岩見真吾)


(左から)岩見真吾 准教授(九州大学)、Kwangsu Kim 特任助教(九州大学)、江島啓介・助教(インディアナ大学)


図:ウイルス排出量がピークになる日数
COVID-19、MERS、SARSにおけるウイルス排出量の時系列変化を再構築したグラフ。COVID-19は、発症後2日程度で排出量がピークに達しており、他のコロナウイルス感染症よりも効果的な治療が容易でないことが明らかとなった。

【研究グループ】
岩見真吾   九州大学大学院理学研究院生物科学部門 准教授(兼 京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究所(ASHBi)連携研究者)
Kwang Su Kim 九州大学大学院理学研究院生物科学部門 特任助教
江島啓介   Department of Epidemiology and Biostatistics, Indiana University School of Public Health-Bloomington, Assistant Professor
岩波翔也   九州大学大学院理学研究院生物科学部門 特任助教
藤田泰久   九州大学大学院理学研究院生物科学部門 博士後期課程1年
大橋啓史   東京理科大学理工学部応用生物科学科 研究員
小泉吉輝   国立国際医療研究センター エイズ治療 研究開発センター 医師
浅井雄介   国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンター 研究員
中岡慎治   北海道大学大学院先端生命科学研究院 准教授
渡士幸一   国立感染症研究所ウイルス第二部 主任研究官
合原一幸   東京大学 特別教授、国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構 副機構長
Robin N. Thompson    Mathematics Institute, University of Warwick, Assistant Professor
Ruian Ke   Theoretical Biology and Biophysics Group, Los Alamos National Laboratory, Staff Scientist
Alan S. Perelson Theoretical Biology and Biophysics Group, Los Alamos National Laboratory, Senior Fellow

【論文情報】
タイトル:A quantitative model used to compare within-host SARS-CoV-2, MERS-CoV and SARS-CoV dynamics provides insights into the pathogenesis and treatment of SARS-CoV-2
著者名:Kwang Su Kim, Keisuke Ejima, Shoya Iwanami, Yasuhisa Fujita, Hirofumi Ohashi, Yoshiki Koizumi, Yusuke Asai, Shinji Nakaoka, Koichi Watashi, Kazuyuki Aihara, Robin N. Thompson, Ruian Ke, Alan S. Perelson and Shingo Iwami
掲載誌:PLOS Biology
DOI:https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3001128

【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
九州大学大学院理学研究院生物科学部門 准教授 
兼 京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究所(ASHBi)連携研究者
岩見 真吾(いわみ しんご)

東京大学 特別教授
国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)副機構長
合原 一幸(あいはら かずゆき)

<JSTの事業に関すること>
科学技術振興機構 未来創造研究開発推進部 水田 寿雄(みずた ひさお)

<AMEDの事業に関すること>
日本医療研究開発機構 疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課

<報道に関すること>
九州大学 広報室
東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構(IRCN)広報担当
科学技術振興機構 広報課