新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の流行予測のための拡張SEIRモデルとパラメータ推定法

1. 発表者:

王  小燕     (上海師範大学数理学院 修士)
唐  天皎     (上海師範大学数理学院 修士)
曹  崀         (東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN) 特任研究員)
合原  一幸 (東京大学 特別教授・名誉教授/東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN) 副機構長)
郭  謙         (上海師範大学数理学院 教授)

2. 発表のポイント:

◆新型コロナウイルス(COVID-19)の特徴である無症状感染者からの感染伝搬や治療法の改善による治療期間の短縮などによるパラメータの時間変化を考慮した拡張SEIRモデルを提案した。
◆拡張SEIRモデル(注1)により、公開されている新規の感染者数や回復者数のデータを用いて複数の国でのCOVID-19感染症のパラメータを推定した。
◆推定された拡張SEIRモデルで数値シミュレーションを行うことによって、精度の高いCOVID-19感染症の流行予測が可能となった。
◆本手法を用いることにより、今後のCOVID-19流行予測や将来発生が予想される新興感染症の拡大防止策の立案に有用な情報を抽出できると期待される。

3.発表概要:

感染症数理モデルを用いたデータ分析や流行予測は、感染症の流行予測や対策の立案に重要な定量的根拠を提供することができる。東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構の曹崀特任研究員と合原一幸特別教授/名誉教授は、上海師範大学の郭謙教授らと共同で、COVID-19に特徴的にみられる無症状感染者からの感染伝搬や治療法の改善などによる治療期間の短縮などによるパラメータの時間変化に着目して、従来のSEIR モデルを拡張した拡張SEIRモデルを提案した。このモデルを基にして、流行データから感染症の各パラメータを推定することにより、感染症対策に有用な流行予測が可能になる。この拡張SEIRモデルの有効性を、日本を含め複数の国での実際のCOVID-19感染症データを用いて検証した。

4.発表内容:

① 研究の背景・先行研究における問題点
COVID-19感染症は2019年末から始まり、猛烈な速さで世界的流行となった。この感染症の著しい特徴の一つとして、発症前の潜伏期間の感染者やほぼ無症状のままで回復する無症状感染者からの新規感染発生が上げられる。そのため、COVID-19感染症の数理モデル化には、従来の感染症標準モデルであるSEIRモデルでは不十分であり、SEIRモデルを拡張する必要がある。また、このような数理モデルの複雑化に伴ってパラメータ数も増大するため、パラメータ推定法の開発も重要な課題となる。

② 研究内容
本研究では、発症前の潜伏期間の感染者やほぼ無症状のままで回復する無症状感染者からの感染伝搬や治療法の改善などによる治療期間の短縮などによるパラメータの時間変化を従来のSEIRモデル(注1)に組み込み、マルコフ連鎖モンテカルロ法を用いて、実際の感染データとの予測誤差を最小化するパラメータ推定法を開発した。推定されたパラメータを用いた拡張SEIRモデルを用いて数値シミュレーションを行うことにより、精度の高い流行予測が可能となった。この解析により、実効再生産数(注2)、潜伏期間、無症状感染者の割合、 感染者数増加の変曲点(注3)や最終規模などの重要な疫学的指標が推定できることを、日本を含め10の国での実際のCOVID-19感染症データを用いて検証した。

③ 社会的意義・今後の予定
本論文では、従来のSEIR感染症モデルをCOVID-19に関する伝播特徴を考慮に入れて拡張した上で、公開されている各国の感染状況の実データに適用し、重要な感染症のパラメータを推定して、様々な疫学的指標の予測が出来ることを実証した。
今後は、このモデルの特性解析をより一層進め、高精度な感染状況の推移予測や将来の新興感染症対策の立案などのための数理基盤を構築する予定である。

5.発表雑誌:

雑誌名:Mathematical Modelling of Natural Phenomena
論文タイトル:Inferring key epidemiological parameters and transmission dynamics of COVID-19 based on a modified SEIR model
著者:Xiaoyan Wang, Tianjiao Tang, Lang Cao, Kazuyuki Aihara*, and Qian Guo*
DOI番号:10.1051/mmnp/2020050

6.問い合わせ先:

【研究に関する問い合わせ先】
東京大学 特別教授・名誉教授
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
副機構長 合原 一幸(あいはら かずゆき)

【広報担当者問い合わせ先】
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
佐竹 真由紀(さたけ まゆき)

7.用語解説:

注1)SEIR(Susceptible-Exposed-Infectious-Recovered)モデル
人口を感受性者S、潜伏期感染者E、発症者I、回復者Rの4つの部分人口に分けて感染動態を記述する感染症の基本数理モデル。

注2)実効再生産数
すでに感染が広がっている状況において、1人の感染者があらたに感染させる平均人数。

注3)変曲点
 感染者数曲線の曲率が符号を変える点(増え方が減り始める時点)。

8.添付資料:


図1:提案した拡張SEIRモデルの状態遷移図