東京大学とグローバルビジョンテクノロジー
世界初、「脳科学的」英語トレーニングアプリ開発の共同研究を開始

1. 発表者:

酒井 邦嘉(東京大学 大学院総合文化研究科 相関基礎科学系 教授/東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)連携研究者)
天野 雅晴(株式会社グローバルビジョンテクノロジー 代表取締役会長)
ホール 奈穂子(Gabby Communications International Inc. 最高事業責任者)

2. 発表概要:

東京大学大学院総合文化研究科と株式会社グローバルビジョンテクノロジーは、実用的な「話す英語」を脳科学的にトレーニングするアプリ 「Gabby」の新メソッドとして、「Neuro-Language Training, NLT」の開発に向けた共同研究を開始します。また、新しい英語トレーニング法が脳に与える影響を明らかにすることで、その効果を実証的に検証します。

東京大学大学院総合文化研究科 酒井邦嘉教授は、生物物理学・脳神経科学・言語学等の異分野の研究経験を持ち、米国マサチューセッツ大学でノーム・チョムスキーに師事し、人間の言語能力を脳科学で解明しようとする、言語脳科学者です。これまで酒井教授は、第二言語としての英語が脳でどのように処理されているかを、母語である日本語と対比しながら研究してきました。特に文法判断について、左脳の前頭葉にある「文法中枢」が英語と日本語に共通して働くことを突き止めています。さらに脳活動の個人差を定量化した研究では、英語に習熟するほど文法中枢の活動自体に減弱が見られました。このような「省エネ化」は、参加者の母語である日本語と同様に、第二言語である英語でも起こっているのです(参照URL:http://mind.c.u-tokyo.ac.jp/Sakai_Lab_files/NewsJ2/JST_News_2009.htm)。このような研究成果によれば、言語に普遍的な「文法中枢」に直接的に働きかけるようなメソッドを実際に開発して用いることができれば、英語の習得が母語に近づくことで、より自然になると考えられます。この仮説を検証する上で、本共同研究は科学的にも重要な意義があると言えます。

株式会社グローバルビジョンテクノロジー(GVT)は、IT 技術に加え、語学力も備えたバイリンガルエンジニアを擁し、日本国内企業や外資系企業のグローバルプロジェクトを支援するサービスを提供しています。GVT 社は米国カリフォルニア州のシリコンバレーで創業し、2003 年に日本法人を設置し、英語トレーニングアプリ「Gabby」の開発をしております(参照URL: https://www.gvtech.co.jp/)。また、2015 年にカナダに設置した Gabby CommunicationsInternational Inc.社 (GCI)で、同年より「Gabby」を用いたサービス運用を開始しました(参照 URL: https://jp.gabbyacademy.com/)。

日本人の英語の運用能力は世界の中で低く、長年の英語教育改革にもかかわらず、この十年でさらにそのランクが低下し続けているのが現状です[Education First 社の EPI スコアに基づく 参照 URL: https://www.efjapan.co.jp/epi/%E3%80%80/]。特に英語の聞き取りや発話は、日本人にとって習得が困難なものと指摘されて来ましたが、英語における口頭のコミュニケーションの重要度は今後も増す一方であり、抜本的な改善が求められています。本共同研究は、上で説明したような酒井教授の脳科学の知見に基づき、GVT 社の最新の情報テクノロジーを融合させることによって、新たな英語トレーニングメソッドを開発するものです。また、新しい方法と従来の方法とを脳機能イメージング法により比較検討することで、その効果を科学的に検証します。

3.発表内容:

本共同研究は、まず、酒井邦嘉教授が長年研究してきた脳科学的アプローチに基づき、新しいメソッド「Neuro-Language Training, NLT」[脳(Neuro)科学的言語(Language)トレーニング法]として、最も自然に言語を習得するための方法の開発を開始します。今回の新たな試みのポイントは、言語学者ノーム・チョムスキーが提唱してきた「普遍文法」(注1)を基礎に据えて、単語の想起ではなく、文を生成するようなトレーニングを集中的に行うというものです。言語学的な分析によると、たくさんの単語を同時につなげて文を生成するのではなく、単語や句を一つひとつ付加していく[専門用語で「再帰性」と呼びます]という特徴があります。さらに酒井教授は、その文生成の過程が実際に脳の文法中枢によって担われているということを最近実証しました[酒井邦嘉著『チョムスキーと言語脳科学』(インターナショナル新書, 2019 年)を参照]。この普遍文法に基づく文生成のトレーニングは、初等・中等教育学校や語学学校をはじめ、おそらく海外でも実施例のないものであり、本共同研究で初めてスマートフォン上で手軽に使えるソフトウェアとして開発されることとなりました。また、本メソッドの使用者を対象として、英語のトレーニングによって活動の変化する脳領域を同定し、その領域の脳活動がトレーニング法の違いによってどのように異なるかを、MRI装置を用いた機能的磁気共鳴画像法(注2)で比較検討することによって、本メソッドの効果を実証していきます。

本共同研究について、酒井邦嘉教授は次のように述べています。「コミュニケーションに限らず、自分一人で考えをまとめるときにも、普遍文法に基づく自動的な処理が脳内で行われています。問題は、コミュニケーションのために英単語や英文法を学習することではなく、意のままに使えるような生きた言語力(言語能力・言語知識)を自然に身につけることです。このような言語力は人間が生まれつき持っている能力であって、本来教わることのできないものですが、適切なトレーニング方法があれば、英語でも自在に考えられるようになることでしょう。その可能性が今回の共同研究によって明らかになることに、私は期待しています。」

また、株式会社グローバルビジョンテクノロジー(GVT)会長の天野雅晴は次のように述べています。「世界中から人材が集まるシリコンバレーに 37 年在住し、日本人の英語力(特に話す力)が他国の人に比べて低いことに長年懸念を抱いて来ました。日本でもいろいろ取り組みが始まっていますが、現場の状況はむしろ悪化しています。今はネットから様々な情報や選択肢が得られるだけでなく、ちょっとしたことでもすぐに口頭で確認や相談ができる時代。ネットワーキングと呼ばれる人脈作りのイベントも年々盛況になっていて、むしろ「アナログ」な活動こそが重要です。そんな中、日本で標準とされる英語テストでかなり高いスコアを取ってシリコンバレーに来たら、現地や他国の人にほとんど相手にされなかったという実態を何度も見て来ました。これまでにない「話す英語」に特化した全く新しいトレーニングが必要です。」

さらに、GVT のカナダ法人 Gabby Communications International 社(GCI)のホール奈穂子は次のように述べています。「本共同研究には GCI 社からも Jean Kim 氏(カナダ・McGill大学で英語教授法・英語教育学を専攻)と Met Ciftci 氏(東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻での研究活動に従事後、現在システムデザイナー)を参加させ、研究成果を素早くサービスに取り込む体制を整えています。この共同研究の成果から生まれる新しいサービスで、多くの日本人が楽しみながら「英語を話すスキル」を習得し、国境を超えた舞台で思う存分パフォーマンスを発揮することを信じています。」

4.問い合わせ先:

東京大学 大学院総合文化研究科
教授 酒井 邦嘉(さかい くによし)

株式会社グローバルビジョンテクノロジー
Director of Gabby Business Development
ホール 奈穂子(ほーる なおこ)
(Gabby Communications International Inc. 最高事業責任者)

5.用語解説:

注1 普遍文法(Universal Grammar, UG)
人間が言葉を生み出すことの根底にある、すべての個別言語(日本語や英語など)に共通の文法。子どもが母語を獲得する能力は生得的である。

注2 機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging, fMRI)MRI 装置を用いて局所的な脳活動の時間変化を安全に計測する技術。