発表のポイント

  •  約3,000人の児童について、思春期におけるウェルビーイングと精神症状の変化を解析し、精神症状が同程度あってもウェルビーイングが高い群と低い群が存在することを明らかにしました。また、ウェルビーイングの高さや低さと関連する要因を示しました。
  •  これまでウェルビーイングと精神症状の間にずれが生じうることは知られていましたが、一時点のみのデータに基づくものでした。本研究は、4時点における変化を解析することで、思春期発達の視点から両者のずれの時間的な変化のパターンを明らかにした初めての研究です。
  •  従来の思春期メンタルヘルス支援では、ウェルビーイングの向上と精神症状の軽減は異なる領域において別々に取り組まれることが少なくありませんでしたが、本成果は「精神症状があってもウェルビーイングが保たれる」要因を示し、従来のアプローチを補完する知見を提供するだけでなく、臨床から政策まで幅広い分野への応用が期待されます。


  • 同程度の精神症状であっても、ウェルビーイングが高い群と低い群が存在することを解明
    思春期におけるウェルビーイングと精神症状が組み合わさって発達するパターンを分析した

    概要

     東京大学医学部附属病院精神神経科の宇野晃人助教、笠井清登教授(同大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者)、東京都医学総合研究所社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らの研究グループは、約3,000人の児童を対象とした追跡調査のデータを用いて、思春期におけるウェルビーイング(注1)と精神症状(注2)がどのように組み合わさって発達するかを分析しました。その結果、同程度の精神症状であっても、ウェルビーイングが高い群と低い群が存在することを明らかにしました。両群を比較すると、将来への希望や利他的行動、良好な対人関係はウェルビーイングの高い群と関連し、女性であることや高い世帯収入は低い群と関連していました。これまで、両者のずれは一時点のデータから示されてきましたが、本研究は大規模な縦断データ(同一の対象者を追跡調査して得られたデータ)により、その時間的な発達パターンを初めて明らかにしたものです。本成果は「精神症状があってもウェルビーイングが保たれる」要因を示し、従来の支援の枠組みを補完する新たな視点を提供するとともに、臨床から政策まで幅広い分野への応用が期待されます。
     なお、本研究は英国医学雑誌「Psychological Medicine」(オンライン版:英国夏時間5月25日)に掲載されました。

    発表内容

     思春期は、生涯にわたるメンタルヘルスの基盤が形作られる重要な時期です。WHO(世界保健機関)が健康を「病気や虚弱がないだけでなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態」と定義しているように、メンタルヘルスは精神症状だけでなく、ウェルビーイングにも注目する必要があります。両者の関係は単純ではなく、精神症状があってもウェルビーイングが高い場合や、その逆といった「ずれ」が生じうることが知られています。しかし、これまでの研究は主に一時点のデータに基づくもので、時間的な変化は十分に明らかになっていませんでした。
     本研究では、大規模な追跡調査である東京ティーンコホート(注3)の2,994人を対象に、10歳、12歳、14歳、16歳の4時点におけるウェルビーイングと精神症状の変化を解析し、その発達パターンを明らかにしました。
     その結果、以下の4つの群が同定されました:(1)精神症状が低くウェルビーイングが高い群(55%)、(2)精神症状が中程度でウェルビーイングが高い群(20%)、(3)精神症状が中程度でウェルビーイングが低い群(17%)、(4)精神症状が高くウェルビーイングが中程度の群(8%)。



    図1:思春期におけるウェルビーイングと精神症状の発達パターン
    横軸は年齢、縦軸は点数を示す(点数が高いほど、ウェルビーイングは良好、精神症状は重度

     特に(2)と(3)は精神症状が同程度であるにもかかわらず、ウェルビーイングに大きな差がみられました。さらに、将来への希望、利他的行動、家族・学校・地域における良好な対人関係がウェルビーイングの高さと関連し、女性であることや高い世帯収入は低さと関連していました。
     思春期における従来のメンタルヘルス支援では、ウェルビーイングの向上はポジティブ心理学などの領域で、精神症状の軽減は臨床心理学・臨床精神医学などの領域で、別々に取り組まれることが少なくありませんでした。本研究は「精神症状があってもウェルビーイングが保たれる」ための要因を示すものであり、従来のアプローチを補完する知見を提供します。また、臨床場面にとどまらず、学校や地域における保健・支援、さらには政策および公衆衛生の設計に重要な示唆を与えることが期待されます。
     なお、本研究は東京大学(承認番号:10057)、東京都医学総合研究所(承認番号:12-35)、総合研究大学院大学(承認番号:2012002)の各施設の倫理委員会の承認のもと実施されました。

    発表者・研究者等情報

    東京大学
     医学部附属病院 精神神経科 
    宇野 晃人 助教

     大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 臨床神経精神医学講座
    笠井 清登 教授
    兼:医学部附属病院 精神神経科 科長
       兼:同大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
    主任研究者

    東京都医学総合研究所
     社会健康医学研究センター
      西田 淳志 センター長

    論文情報

    雑誌名:Psychological Medicine
    題 名:Patterns of subjective well-being and psychopathology trajectories in adolescence: A population-based cohort study
    著者名:Akito Uno, Daiki Nagaoka, Rin Minami, Riki Tanaka, Yutaka Sawai, Ayako Okuma, Nanami Tomoshige, Satoshi Yamaguchi, Syudo Yamasaki, Mitsuhiro Miyashita, Atsushi Nishida, Shuntaro Ando, Kiyoto Kasai*
    (*:責任著者)
    DOI: 10.1017/S0033291726104243

    研究助成

     本研究は、「個体脳ー世界相互作用ループの時代・世代・ジェンダー影響の解明(課題番号:21H05174)」等の文部科学省科研費KAKENHI(課題番号:20H01777、20H03951、21H05171、21K10487、22H05211、23H02834)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(脳とこころの研究推進プログラム「国際MRI研究連携によるAYA世代脳発達および障害のメカニズム解明」「人生ステージに沿った健常および精神・神経疾患の統合MRIデータベースの構築にもとづく国際脳科学連携」「双方向トランスレーショナルアプローチによる精神疾患の脳予測性障害機序に関する研究開発」、脳神経科学統合プログラム「脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明」)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業(課題番号:JPMJMS2021)、JST社会技術研究開発センター(課題番号:JPMJRS24K1)、JST未来社会創造事業(課題番号:JPMJMI21J3)の支援により実施されました。

    用語解説

    (注1)ウェルビーイング
    ウェルビーイングは一言で表現しづらい多元的な概念ですが、本研究では「自分の心や体の調子、人とのつながり、日々の生活が、全体として良い状態にあると感じられること」と定義しています。日常用語では「いい感じに過ごせている状態」と言い換えられるかもしれません。評価には、本人が回答する「WHO-5ウェルビーイング指数(WHO-5)」を用いました。過去2週間の気分や活力、生活への満足感などをたずねる5つの質問からなり、0〜100点で評価され、点数が高いほどウェルビーイングが高いことを示します。

    (注2)精神症状
    こころの不調は、抑うつや不安、落ち着きのなさ等、さまざまな形で現れます。本研究では、こうした問題をまとめて「精神症状」と呼びます。評価には、保護者が回答する質問票「Strengths and Difficulties Questionnaire(SDQ)」を用いました。情緒面、行動、多動・不注意、対人関係の4つの側面を合計した指標(0〜40点)で、点数が高いほど症状が強いことを示します。

    (注3)東京ティーンコホート
    東京大学、東京都医学総合研究所、総合研究大学院大学の3機関が連携して実施している、思春期の子どもとその養育者を対象とした大規模疫学研究です。東京都内の3自治体(世田谷区、三鷹市、調布市)に居住し、2002年9月から2004年8月までに出生した子どもがいる世帯を住民基本台帳から無作為に抽出し、研究参加に同意が得られた3,171世帯を対象としています。2012年の調査開始以来、心理状態、認知機能、社会背景、身体的特徴などに関する多様な情報を、参加者および養育者から継続的に収集しています。詳細はウェブサイトをご参照ください(https://ttcp.umin.jp)。

    問合せ先

    <研究内容について>
    東京大学医学部附属病院 精神神経科 
    助教 宇野 晃人(うの あきと)

    <機関窓口>
    東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
    担当:渡部、小岩井

    東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
    広報担当

    東京都医学総合研究所 事務局研究推進課 普及広報係