【本研究のポイント】
【研究概要】
現在流行中の新型コロナウイルス変異株や、将来出現し得る新たな変異株への備えと、社会生活の維持を両立させるためには、新型コロナワクチンの継続的な接種が不可欠です。限られた医療資源を有効に活用し、より効果的なワクチン接種体制を構築するためには、戦略の最適化が重要となります。
本研究成果により、ブレイクスルー感染のリスクが高い集団を特定し、継続的な接種の優先対象とすべき人を明らかにしました。また、低いIgA(S)抗体価がブレイクスルー感染リスクの高い人を予測するバイオマーカーとして使用できる可能性も示しました。今後、こうした高リスク集団を早期に特定できるようになれば、より適切なタイミングでの継続的な接種が可能となり、感染リスクの低減につながると期待されます。
なお、本研究で用いた解析手法は、さまざまな種類のワクチン接種に応用が可能であり、柔軟性の高さから、将来のパンデミックやポストコロナ時代における個人および集団レベルの免疫強化政策の立案に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2025年9月18日午前3時(日本時間)付で国際学術雑誌『Science Translational Medicine』に掲載されました。
【研究背景と内容】
ポストコロナ時代において重要な課題の一つが、新型コロナワクチンの継続的な接種です。現在流行している新型コロナウイルスの変異株や、将来的に出現し得る新たな株に備えつつ、日常生活を維持していくためには、継続的な接種が欠かせません。限られた医療資源を有効に活用し、効果的な接種体制を構築する上でも、ワクチン接種戦略の最適化は極めて重要です。
具体的には、ワクチン接種によって誘導される免疫応答の変化を定量的に捉え、抗体価の持続が乏しい反応不良者を再接種の優先対象として適切に特定することが求められます。こうした取り組みは、新型コロナウイルスによる重症化を防ぐだけでなく、ブレイクスルー感染のリスクを低減し、感染者クラスターの発生抑制にもつながると考えられます。
本研究では、2021年4月から2022年11月にかけて、福島県在住の2,526名を対象に、基本的な人口統計情報および健康情報に加え、抗体価を含んだ各種免疫応答に関連する縦断データを収集・解析しました(下図)。
具体的には、数理モデルとAIを融合させた解析手法を開発し、新型コロナワクチンの初回2回接種および1回の追加接種後に誘導されるIgG(S)抗体価の動態を解析しました。その結果、「耐久型」「脆弱型」「急速低下型」という、三つの特徴的な抗体応答パターンを示す集団が存在することを明らかにしました。「耐久型」は、抗体価が高く誘導され、その後も長期間にわたって維持される集団であり、「脆弱型」は、抗体価の誘導が不十分で、かつ速やかに減衰する集団です。中でも注目すべきは「急速低下型」で、初期には抗体価が高く誘導されるものの、その後急速に減少していくパターンを示しました。こうした抗体応答パターンは初回接種後にも確認されており、追加接種後と比較すると、約半数の被験者が追加接種後も同様の応答パターンにとどまっていることが分かりました。
特定した三つの集団の中でも特に重要なのが「脆弱型」と「急速低下型」であり、これらの集団では他の集団に比べて、早期にブレイクスルー感染を経験していることが明らかとなりました。さらに、追加接種後にブレイクスルー感染を経験した群と経験しなかった群を比較し、液性免疫の指標であるIgG(S)抗体価およびIgA(S)抗体価、細胞性免疫の指標であるTスポット数を評価しました。その結果、IgG(S)抗体価およびTスポット数には有意な差は認められなかったものの、感染群では接種後早期におけるIgA(S)抗体価が有意に低いことが判明しました。この所見は、粘膜のIgA(S)抗体が感染予防に寄与することを示すこれまでの報告とも一致し、血中IgA(S)抗体価も粘膜IgA(S)抗体価の高さを反映するバイオマーカーとなることを支持しています。
【成果の意義】
本研究は、新型コロナワクチン接種後の抗体応答を大規模縦断コホートデータに基づいて解析し、個人ごとに異なる免疫応答のパターンを科学的に層別化、理解するための基盤を提供するものです。特に、抗体価の誘導が不十分で、かつ速やかに減衰する脆弱型集団と抗体価が高く誘導されながら急速に減少する急速低下型集団が、早期にブレイクスルー感染を起こしやすいことを示した点は、感染予防の観点から極めて重要です。
この知見に基づいて、将来的には、ブレイクスルー感染のリスクが高い人を事前に特定できるようになれば、継続的な接種の優先順位や時期を科学的根拠に基づいて判断することが可能になります。これにより、限られた医療資源を効率的に活用しつつ、感染拡大や重症化を抑制できる可能性が高まります。
さらに、IgA(S)抗体価が低い個体ではブレイクスルー感染のリスクが高まる可能性が示されたことから、液性免疫の中でもIgA抗体の感染予防における役割に新たな注目が集まると考えられます。
本研究で開発された数理モデルとAIを統合した解析手法は、他のワクチンや将来のパンデミック対応にも応用可能であり、個別化された免疫管理と戦略的なワクチン政策の実現に向けた重要な一歩となるものです。ポストコロナ時代における感染症対策の精緻化・効率化に大きく貢献することが期待されます。
本研究は、さまざまな感染症における超早期(未病)状態の推定に適用できる数理科学理論を開発する研究を推進する2021年度開始のJST ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標2 「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」(JPMJMS2021、JPMJMS2025)の支援のもとで行われたものです。
【用語説明】
注1)COVID-19 mRNAワクチン:
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して用いられた、ウイルスの設計図の一部に由来するmRNAを投与する新しいタイプのワクチン。新型コロナワクチンの一つ。
注2)追加接種:
ワクチンの初回接種で得られた免疫を、追加の接種によって再び強化すること。時間の経過とともに低下するワクチンの効果を高め、症状を伴う感染(発症)予防や重症化予防の効果を維持・向上させる。
注3)血中IgG(S)抗体価:
血液中に含まれる、ウイルス表面のスパイクタンパク質(S)に結合し、ウイルスの働きを抑えるIgG抗体の量を示す値。IgG抗体はワクチン接種や感染によって作られ、この数値が高いほど、体内にウイルスに対する免疫が備わっていると考えられる。
注4)ブレイクスルー感染:
ワクチン接種を完了した人が、ワクチンによって誘導された免疫の壁を越えて、ワクチンで免疫した同じ病原体(ウイルス)に感染すること。ワクチン接種を完了しても、感染そのものを抑制する免疫の不足や時間の経過による減少のために、感染する場合がある。一方で、新型コロナワクチン接種により、ブレイクスルー感染を起こしても発症や重症化するリスクが下がることが知られている。
注5)血中IgA(S)抗体価:
主に鼻や喉などの粘膜で働くIgA抗体の血液中での量を示す値。粘膜のIgA(S)抗体はウイルスの体内への侵入を防ぐ初期防御の役割を担っており、血中IgA(S)抗体価は粘膜IgA(S)抗体価のバイオマーカーとして感染予防効果との関連が注目されている指標の一つ。
【論文情報】
雑誌名: Science Translational Medicine
論文タイトル: Longitudinal antibody titers measured after COVID-19 mRNA vaccination can identify individuals at risk for subsequent infection
著者:
Hyeongki Park 釜山大学医生命融合工学部データサイエンス専攻 助教、
兼:名古屋大学大学院理学研究科 招へい教員
中村 直俊 横浜市立大学大学院データサイエンス研究科 教授、
兼:名古屋大学大学院理学研究科 招へい教員
宮本 翔 国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所 感染病理部主任研究員、兼:千葉大学大学院医学研究院 感染病態学 特任講師
佐藤 好隆 名古屋大学大学院医学系研究科 総合医学専攻
微生物・免疫学講座 ウイルス学 准教授
Kwang Su Kim 釜慶大学科学システムシミュレーション学科 助教、兼:名古屋大学大学院理学研究科 招へい教員、釜山大学数学科
北川 耕咲 名古屋大学大学院理学研究科 特任助教
小橋 友理江 福島県立医科大学医学部 助教、兼:ひらた中央病院 総合内科
谷 悠太 医療ガバナンス研究所
島津 勇三 福島県立医科大学医学部 放射線健康管理学講座
趙 天辰 福島県立医科大学医学部 放射線健康管理学講座
西川 佳孝 京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 健康情報学、准教授、兼:ひらた中央病院 総合内科
小俣 文弥 ひらた中央病院 総合内科
川島 萌 福島県立医科大学医学部 放射線健康管理学講座
阿部 暁樹 福島県立医科大学医学部 放射線健康管理学講座
斉藤 良佳 医療ガバナンス研究所
野中 沙織 福島県立医科大学医学部 放射線健康管理学講座
瀧田 盛仁 福島県立医科大学医学部 放射線健康管理学講座
山本 知佳 福島県立医科大学医学部 放射線健康管理学講座
森岡 悠 名古屋大学医学部附属病院 中央感染制御部 講師
加藤 勝洋 名古屋大学医学部附属病院 循環器内科 助教
佐合 健 名古屋大学大学院医学系研究科 総合医学専攻 微生物・免疫学講座 ウイルス学 大学院生(当時)
八木 哲也 名古屋大学大学院医学系研究科 総合医学専攻 生体管理医学 臨床感染統御学 教授
川村 猛 東京大学アイソトープ総合センター 准教授、兼:東京大学先端科学技術研究センター
杉山 暁 東京大学アイソトープ総合センター 助教
中山 綾 東京大学アイソトープ総合センター 特任研究員
金子 雄大 東京大学先端科学技術研究センター、兼:株式会社医学生物学研究所
横川 理沙 北海道大学大学院先端生命科学研究院
合原 一幸 東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)エグゼクティブ・ディレクター、主任研究者、 東京大学特別教授
児玉 龍彦 東京大学先端科学技術研究センター 名誉教授
上山 晟史 北海道大学医学研究院 病理系部門 微生物学免疫学分野
田村 友和 九州大学大学院医学研究院 ウイルス学分野 准教授
福原 崇介 九州大学大学院医学研究院 ウイルス学分野 教授、兼:北海道大学医学研究院 病理系部門 微生物学免疫学分野、北海道大学総合イノベーション創発機構 ワクチン研究開発拠点、 大阪大学 微生物病研究所 ウイルス制御学グループ
渋谷 健司 東京財団政策研究所 研究主幹、兼:福島県相馬市 新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター センター長
鈴木 忠樹 国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所 感染病理部 部長、 兼:千葉大学大学院医学研究院 感染病態学 教授
岩見 真吾 名古屋大学大学院理学研究科 教授、兼:京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)連携研究者、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 客員教授、理化学研究所数理創造研究センター 客員研究員、東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)連携研究者
坪倉 正治 福島県立医科大学医学部 放射線健康管理学講座 主任教授、 兼:ひらた中央病院 総合内科、南相馬市立総合病院、医療ガバナンス研究所
DOI: 10.1126/scitranslmed.adv4214
【研究者連絡先】
名古屋大学大学院理学研究科
兼: 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)連携研究者
九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 客員教授
理化学研究所数理創造研究センター 客員研究員
東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)連携研究者
教授 岩見 真吾(いわみ しんご)
福島県立医科大学医学部 放射線健康管理学講座
兼:ひらた中央病院 総合内科、南相馬市立総合病院、医療ガバナンス研究所
主任教授 坪倉 正治(つぼくら まさはる)
国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所 感染病理部
兼:千葉大学大学院医学研究院 感染病態学
部長・教授 鈴木 忠樹(すずき ただき)
【報道連絡先】
名古屋大学総務部広報課
名古屋大学医学部・医学系研究科 総務課総務係
福島県立医科大学広報コミュニケーション室 担当 持田・佐久間
九州大学 広報課
横浜市立大学 研究推進部 研究・産学連携推進課
京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
リサーチ・アクセラレーション・ユニット
東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
広報担当
理化学研究所 広報部 報道担当
科学技術振興機構広報課
国立健康危機管理研究機構 危機管理・運営局 広報管理部 広報企画室
千葉大学広報室
【JST事業に関すること】
科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業部
松尾 浩司(まつお こうじ)