IRCN機構長、主任研究者である、ハーバード大学のヘンシュ貴雄教授の研究室から、大脳皮質における神経可塑性の状態を知らせるバイオマーカーが特定された。研究グループは、マウスを用いて、感覚体験が神経回路を大きく変化させる生後間もない「臨界期」について調べた。視覚経験に応じて生じる神経回路の最初期の変化を初めて検出した。この成果は、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された。
これまで、片目の視力を失った人で、臨界期が続いているのか終わっているのか、担当する臨床医や介護士は行動から推測するしかなかった。研究グループは、若いマウスを用い、臨界期に入ったところで片目を一時的に閉じさせることで感覚の不均衡を作り出した。そして、視覚野の脳波データを記録し、各マウスの脳波を追跡した。その結果、一過性である明確な高周波ガンマ・リズム(1秒間に40~80回)が、臨界期にのみ誘発された。「つまり、臨界期を知るための新しいバイオマーカーになり得るのだ。」と、ヘンシュ教授は説明。
「臨界期は、成長する個体が新しいスキルを身につける時期であると同時に、認知障害を引き起こしやすい時期でもある。臨界期の生物学的基盤を理解することで、障害の軌道修正したり、学習を最適化したり、大人になってからでも脳の可塑性を回復させたりできるようになる可能性がある。」
若いマウスだけでなく、臨界期が成年期まで続くように遺伝子操作されたマウスでもガンマ・リズムは、確認された。さらに共同研究を行っている、IRCN連携研究員でもある、ボストン大学のナンシー・コペル教授と、IRCN協力研究員ミシェル・マッカーシー博士は、発達初期の脳ダイナミクスをモデル化し、ニューロン群の協調的でリズミカルな活動が、神経細胞にどのような影響を受けさせるのかを特定した。ガンマ・リズムの発生源は、脳内にまばらに存在する抑制性ニューロンであり、相互に回路を形成し、さらに高周波数で発火できることがリズムを作り出す基本である。この抑制性ニューロンのガンマ・リズム発火のタイミングは、不均衡感覚入力を速やかに減弱させるのに最もうってつけの時期に重なる。「ノーベル生理学・医学賞を受賞された、ヒューベルとヴィーゼル教授らの先駆的な研究から60年経って、どのシナプスが最初に刈り込まれるかを発見することができた。」と、ヘンシュは語る。
「自由行動するマウスの脳波記録、特定のシナプス変化をマッピングする新しい脳スライス準備、これらの結果を統合するボストン大学の同僚との計算モデリングなどを融合させた、まさに学際的なWPI成果となった。」
※本記事はハーバード大学MCB(分子生物学専攻、細胞生物学)のWEBサイトより改変。
原文はこちらのサイトからご確認ください。
https://www.mcb.harvard.edu/department/news/a-signature-brain-wave-that-signals-windows-of-brain-plasticity-hensch-lab/
発表雑誌:
雑誌名: PNAS
論文タイトル: Rapid synaptic and gamma rhythm signature of mouse critical period plasticity
著者: Kathleen B. Quast, Rebecca K. Reh, Maddalena D. Caiati, Nancy Kopell, Michelle M. McCarthy, and Takao K. Hensch
DOI: 10.1073/pnas.2123182120