脳は記憶を力で刻む
—シナプスの力と圧感覚による新しい伝達様式の発見—

1. 発表者:

河西 春郎(東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 構造生学部門 教授/東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者)
UCAR Hasan(東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)特任助教)

2. 発表のポイント:

◆長期記憶が形成される際、大脳のシナプスにおいて樹状突起スパインが増大する事が知られていたが、このスパインの動きが、筋肉収縮と同程度の力でシナプス前部を押すことにより、伝達物質放出を増強する効果(圧感覚)を持つことを見いだした。
◆シナプスにおける情報伝達様式として、化学物質の放出により信号を伝える化学伝達と、電気が通る電気伝達の二種類の様式が知られてきた。今回、スパイン増大と圧感覚を介した力学的伝達という新しい第三の様式を発見した。
◆我々が頭を使っている時、シナプスの前部と後部は力を介した相互作用をして、短期・長期記憶を形成していく。今回解明された力学伝達は脳を理解する新たな鍵となる。

3.発表概要:

 大脳の興奮性シナプスの後部である樹状突起スパイン(注1、図1A)は学習時に頭部体積を拡張する増大運動をして、自身の機能(グルタミン酸感受性)を増強します。東京大学大学院医学系研究科の河西春郎教授(同大学ニューロインテリジェンス国際研究機構・主任研究者)、東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構のUCAR Hasan 特任助教らは、このスパイン増大運動の際に、軸索終末を力学的に押し、終末はこの力を感知して伝達物質放出を増強することを見いだしました。この作用は、ガラスピペットやショ糖による浸透圧で圧をかけることでも観察され、増強効果も20-30分続きました。この軸索の圧感覚から測ったスパイン増大力の大きさは0.5 kg/cm2と筋肉の張力並みでした。シナプスにおいては、電気が通る電気伝達か、化学物質をやりとりする化学伝達かのいずれかで情報は運ばれると言われてきましたが、今回の結果から、スパインの運動が軸索終末に感知され変換される、力学伝達という力学的様式もあることが明らかになりました(図1、2)。末梢神経の軸索終末の感覚受容機構は本年のノーベル医学生理学賞の対象となりましたが、今回の研究は中枢神経(脳)の軸索終末にも感覚受容機構があることを初めて示したものです。末梢とは機構も意義も異なり、脳では短期的な記憶を保持するのに使われている可能性があります(図3)。我々の運動能力には個人差があり、得意技が異なるように、脳のシナプスの運動にも個人差があり、頭の個性を決めているのかもしれません。スパインシナプスは精神疾患の原因となる多くの分子が関係するので、その運動性や圧感覚の調査により、我々の知能の起源に関する理解が深まり、精神疾患の診断・治療法が開拓されると期待されます。
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)、文部科学省科学研究費助成事業の支援を受けて国際科学誌『Nature(電子版)』に2021年11月24日付オンライン版で発表されました。

4.発表内容:

 大脳のシナプスの70%(興奮性シナプスの90%)は、樹状突起スパイン(注1、図1A)というトゲ構造の上に形成されます。スパインは反復刺激を受けると頭部体積を拡張する増大運動を行い、その結果として長期的なグルタミン酸の感受性の増大が起き、長期記憶を形成していくことを我々は見いだしています。しかし、シナプスが増大運動する時は、必然的に軸索終末を押します。軸索終末は、開口放出という力学的な機構で伝達物質放出を行っており(図1C)、押されることの影響を調べることは懸案でした(図1D)。
 シナプスの性質は通常、たくさんのシナプスの集合として測定されます。しかし、シナプスの運動性を見る場合には、一個一個に分離して観察しなければなりません。我々は、単一シナプス後部スパインの運動性を調べる2光子アンケイジング法(注2)を開発し、使用してきました。今回はこれに加えて、シナプス前部終末の光刺激(CsChrimsonR)(注3)、グルタミン酸放出の蛍光測定 (iGluSnFR)(注4)、そして、放出を起こすSNARE蛋白質(注5)の会合を検出 (iSLIM)(注6)するなど光を使った刺激・測定技術を用いて、単一スパイン増大の効果を単一シナプス前終末で調べました。この結果、スパインで押された軸索終末部位でSNARE蛋白質の会合が起き、グルタミン酸放出が促進することが見いだされました(図2)。この効果は即時に起き、また、20-30分持続しました。実際、スパインの代わりにガラス電極で押しても、同じことが起きました。ショ糖による浸透圧増大(20 mM)でも同様の現象が起き、これから増大は0.5 kg/cm2という圧力で筋肉の張力とほぼ同じでした。即ち、シナプス内ではスパインは筋肉並みの力で軸索を押し、軸索はその圧を感知して機能的に応答していることがわかりました。ちなみに、この圧感覚では抹消軸索終末にある圧受容機構は用いられていませんでした。この力のお陰で、スパインの学習的変化を軸索側が速く読み出してより短期的な記憶の保持に使われていると考えられます(図3)。一方、スパイン増大自体は長期的な記憶の保持に使われますが、この際のグルタミン酸受容体の集積はそれほど速くありません。短期的と長期的で記憶の保持がシナプスの後と前に分かれており、脳では異なった記憶媒体に保存されるようです。これらに関する詳細は、今後の研究を待つことになります。いずれにせよ、神経細胞はスパインシナプスで化学伝達をするだけでなく力学的伝達をして2つの記憶媒体間の情報を力で受け渡している描像が生まれました(図3)。
 通常、脳は電気化学的な機械と思われています(図1B−D)。そうするとシリコンでできた人工知能も脳と同じことができるのでないかと考えがちですが、脳の神経細胞は大事な学習記憶のところで細胞運動により力学的に繋がっており、その複雑精巧なダイナミズムを模倣することは、シリコンではできません。我々の体の運動能力や得意技が人ごとに異なるのと同じことが、大脳のシナプスで起き脳の機能を決めているでしょう。スパインシナプスには、精神疾患に関係する分子がたくさん集まっており、それらの大部分はシナプスの運動性と関係します。例えば、統合失調症ではシナプシンというシナプス前部蛋白質が減少していることがヒトの脳で知られていますが、この分子はシナプス小胞の集積と関係し、軸索圧効果に関連する可能性が大いにあります。今回、シナプスの力が初めて測定され、その前部終末への効果がわかりました。この発見により、たくさんの機能分子がどのようにシナプス運動やその受容を変え、精神過程に関わるのかについて理解が深まっていくでしょう。今後は、このシナプスの圧機構の分子基盤をさらに明らかにし、一方、それに介入する薬やその他の方法を探していくことが重要になります。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Nature」(オンライン版:11月24日)
論文タイトル:Mechanical actions of dendritic-spine enlargement on presynaptic exocytosis
著者:Hasan Ucar, Satoshi Watanabe, Jun Noguchi, Yusuke Iino, Sho Yagishita,
Noriko Takahashi, Haruo Kasai*
DOI番号:10.1038/s41586-021-04125-7    
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41586-021-04125-7

6.問い合わせ先:

<研究に関すること>
東京大学大学院医学系研究科 附属疾患生命工学センター 構造生理学部門
教授 河西 春郎(かさい はるお)

<広報に関すること>
東京大学医学部・医学系研究科総務チーム
東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構 広報担当

<JST事業に関すること>
保田 睦子(やすだ むつこ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ

<JST報道担当>
科学技術振興機構 広報課

7.用語解説:

(注1)樹状突起スパイン:多くの(90%)の興奮性(グルタミン酸作動性)シナプスは樹状突起の1 μ以下の棘にできる。これには頭構造と首構造があり、いずれも多型である。この頭部構造と機能の相関がわかったのは21世紀、我々の2光子アンケイジング法による。

(注2)2光子アンケイジング法:超短パルスレーザーをレンズで集光することにより、強い光の強度を達成すると、焦点でだけ、点状の励起が起きる。これをケイジドグルタミン酸に適用することにより、3次元的な1点でグルタミン酸の放出ができ、単一スパインを刺激できる様になった。

(注3)CsChrimsonR:赤色の光刺激で、イオンチャネルが開き細胞内がより正の電位となり、活動電位を誘発する遺伝子導入可能な光受容タンパク質。

(注4)iGluSnFR: グルタミン酸を受容する細菌の蛋白質から作られた、グルタミン酸を受容してより強い蛍光を発する遺伝子導入可能な蛋白質。

(注5)SNAREタンパク質:1つの小胞のタンパク質(VAMP2)と細胞膜にある2つのタンパク質(syntaxin1, SNAP25)で、これらが会合することにより、2つの膜を近づけ、小胞を細胞膜に近接した状態に保ち、刺激により速い開口放出(伝達物質放出)を導く(図2右下)。

(注6)iSLIM:SNARE分子の会合状態をsyntaxin1に融合させた青い蛍光分子から、VAMP2に融合した青い光を吸収する蛍光分子へ分子間のFRETを用いて測定する遺伝子導入可能な蛍光蛋白質。

8.添付資料:


図1 (A) 神経細胞は接続して回路を作るが、このつなぎ目はシナプスと呼ばれる。普通シナプスでは軸索を伝道してきた活動電位が樹状突起の電位変化に変わる。(B)シナプスは、電気的な結合による伝達も行うが、(C) 多くは化学伝達物質(グルタミン酸、GABA、ドーパミン)などを放出する化学伝達をしている。(D) 今回の研究では、この2つの考えに当てはならない第三の伝達様式、力学伝達を見つけた。大脳の興奮性シナプスの多くはこのスパインと呼ばれる樹状突起の棘にできる。スパインは学習入力で増大運動をするが、この運動が軸索終末に伝わり、機能変化を起こす機構を発見した。


図2 生理的にスパインを増大させると(STDP)、その接続する軸索終末で開口放出誘導蛋白質(SNAREs)の事前会合が促進し(iSLIM)、グルタミン酸放出が増大する(CsChrimsonR, iGluSnFR)。


図3 スパイン増大は、シナプス終末に感知され、伝達物質の放出の増大を起こす。この際、面白いのは、長期記憶はスパインに蓄積されるが、より短期の記憶は軸索に蓄積されるというように記憶媒体が異なることである。短期的な機能の読み出しには、力学的相互作用が速いのかもしれない。多くの精神疾患関連分子がシナプスには集積していることが、この運動性や圧受容の基盤にあると考えられる。