1. 発表者:
渡部 喬光(東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN) 主任研究者/准教授)
2. 発表のポイント:
◆全会一致に基づいて評決を出す陪審員制度においては、12人程度の市民で陪審が構成されるとき、数理統計上の効率が最も良い、ということが明らかになった。
◆過去から現在まで陪審員制度で広く採用されている陪審員の人数に、数理的必然性がある可能性を初めて指摘した。
◆本研究は、陪審員制度の成り立ちを理解するための新たな視点を提供すると同時に、社会に偏在する合議体の質の向上に寄与するかもしれない。
3.発表概要:
その是非はともかく、陪審員裁判は司法の民主化のために多くの社会で導入されている。この制度では、集団からランダムに選ばれた一般市民が協議の上で判決を決定するという形態をとることが多いが、映画「12人の怒れる男」でも描かれているように「12人の陪審員が集団合議を行い、全会一致による判決をだす」というシステムは特に有名だ。
ではなぜ陪審員は12人なのか?実際には、歴史的経緯、政治・社会学的要因、心理学的機序まで、多様な原因が複雑に絡み合ってこの人数に収斂したのだろう。しかし、この人数が長い年月や大きな文化的格差の中でもおよそ維持されてきたという事実は、陪審員の数の背景に数理統計学的な必然性があるのかもしれないという可能性を想起させる。
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)の渡部喬光主任研究者/准教授は、この仮説を検証し、12人という陪審員数は、全会一致で判決を下す際の正確性と評決までにかかる時間とのバランスという点において、最も効率の良い人数に近いということを明らかにした。
この結果は、陪審員制度の成り立ちを理解するための新たな視座を提供すると同時に、社会に偏在する合議体の質や効率の向上に寄与するかもしれない。
4.発表内容:
(1)背景と目的
司法の民主化という旗印の下、陪審員裁判は多くの社会で導入されてきた。裁判の民主化の字義的で愚直な実現を求めれば、社会の構成員全員が協議し、皆が同意する判決をそれぞれの裁判ごとに導き出すということが理想なのかもしれない。しかしそれはあまりにも非現実的で効率が悪い。時間も費用もいくらかかるか分からない。だから、集団から無作為に選ばれた限られた数の一般市民の協議によって評決をくだそう、ということである。
では陪審員は何人ならいいか?少なくともヘンリー2世の頃にはすでに、陪審員は12人前後だった。以来、時に数を減らそうという運動や研究があったものの、その数はおよそ維持されている。実際、2009年には、15人の陪審員数を減らそうという運動がスコットランドで否決された。
それでは、このような12人制のシステムにはどのような利点があり、維持されているのか?過去の社会学的研究によると、これは複数の政治的・社会的イベントの相互作用の果てに形成されたある種の収斂だ、ということになる。一連の心理学的実験研究では、民主主義を達成するという意味において、少なくとも6人制のシステムよりも12人制の方が優れているという結論が導き出されている。
おそらくそれらが正しい答えなのだろう。一方で、このように長い年月、幅広い地域で12人前後で構成された陪審員制度が維持されていることを考えると、文化や年代に依存しない、より純粋に数理統計学的な必然性や利点がこの人数構成の背後には存在しているのではないか、という推量もできなくはない。
本研究ではこの可能性を検証した。
(2)方法
本研究では、Majority-Vote Model(注1)という比較的単純なモデルを用いて、陪審員集団の意見がどのように変遷していくかのシミュレーションを行い、ある人数の陪審員集団が、どのくらいの時間をかけて、どの程度正確な全会一致の評決を下すかを算出した。
ただし、この「評決の正確性」はあくまで「陪審員が導き出した評決が、仮に母集団である社会の全構成員が協議に参加した場合の評決と同じか否か」をもとに計算されるものであり、対象となっている係争の真実に基づくものではない。すなわち、ここでの評決の正確性とは、どれほど裁判が民衆の感覚を反映できているのか、どの程度民主化されているのか、という指標ということになる。
この「評決の正確性」の変化率と「評決に至るまでの時間」の変化率との比を計算することで陪審の効率性を算出し、最も効率の良い人数を探索した。
(3)結果
様々な条件でこのシミュレーションを行なった結果、まず、最適陪審員は母集団となる社会の二つの性質によって決定されることがわかった(図1)。
一つ目は母集団である社会が、意見が分かれやすい集団であるか否かという性質である。社会全体における意見の多様性が大きいほど、陪審員の数を増やした時の評決の正確性向上の度合いが大きくなった。したがってこの性質は、最適陪審員数も増大する方向に作用していた。
もう一つの性質は、各個人の多数意見への従順性だった。これが高いと、評決に至るまでの時間が短くてすみ、陪審員が多くてもあまり問題にならない。そのためこの性質も、最適陪審員数を増やす方向に作用していた。
このように最適陪審員数は、「意見の多様性」と「多数派への従順性」という2つの社会因子がそれぞれ別々のメカニズムによって作用するなかで決定されていた。意見の多様性は評決の正確性に作用することで、多数派への従順性は評決に至るまでの時間に作用することで、最適陪審員数を増やす方向の圧力となっていたのだ。
それではなぜ、ある一定の人数に収まっているのか。この二つの因子の作用の仕方によっては、極端に大きい数の陪審員制度や、逆に非常に少ない陪審員で行われる裁判も起きうるのではないだろうか?
その答えは、これら二つの因子間の関係性にあった。実世界での社会ネットワークを用いた数値計算によって明らかになったのは、「意見の多様性」と「多数派への従順性」とは互いに負の相関関係にあるということだ。すなわち、意見の多様性が大きい社会においては概して、各個人の多数派への従順性は低いものであり、意見の同質性が高い社会というのは、およそ多数派の意見に従順な個人が多い、ということである。
この背反する関係性のために、最適陪審員数は過度に大きくなったり、極端に小さくならないのである。そして、3つの実社会のネットワークをもとに計算すると、この最適陪審員数は、11.8±3.0人に収まっていた。
(4)結論
このように、多様な社会的歴史的因子を無視した単純なモデルを用いても、最も効率の良い陪審員数は、12人程度であるという結論が導き出せた。
前述のように、実際にはより複雑で政治的な経緯の中で陪審員数は決定されてきたのであろう。しかしシンプルな数理モデルでもその数を導出できたという事実は、12人前後の市民からなる陪審員制度が実は、長い歴史の中で暗黙のうち最適化された全会一致型の意思決定システムとも言えるのではないか、という新たな視座を提供している。
5.発表雑誌:
雑誌名:Humanities and Social Sciences Communications
論文タイトル:A numerical study on efficient jury size
著者:Takamitsu Watanabe
DOI番号:10.1057/s41599-020-00556-1
6.問い合わせ先:
【研究に関する問い合わせ先】
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
主任研究者/准教授 渡部 喬光(わたなべ たかみつ)
【広報担当者問い合わせ先】
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
佐竹 真由紀(さたけ まゆき)
E-mail:pr@ircn.jp
7.用語解説:
(注1)Majority-Vote Model:集団の意見の推移・ダイナミクスを考察するための最も単純で、かつ、よく使用されるモデルの一つ。Ising modelという統計物理から神経科学まで幅広く使用されるモデルの系統に属する。本研究では、抽象的な概念検証が目的であったため、あえてその単純な形態のまま使用した。そのため、各個人の意見の強さや弱さ、多数派への意見の従順さの個人差などは考慮されていない。
8.添付資料: