ⓒDr. Lia Min (Michigan Univ.)

共感覚(synesthesia)とは、生後発達期に起こるべき脳内の神経結合(シナプス)の刈り込みが不完全なために生じる可能性があることを、ニューロインテリジェンス国際研究機構(IRCN)のヘンシュ貴雄機構長とカナダの共同研究チームは発見しました。共感覚を持つ成人では、ある刺激を受けた際に通常以外の別の知覚も認識します。例えば、共感覚者では特定の音を聴いたとき特別な色が見えます。マクマスター大学のDaphne Maurer博士と共同研究者らは、共感覚者の脳ではシナプス刈り込みが十分に行われていないという仮説を検証しました。シナプス刈り込みは乳児期の脳に起こる普通のプロセスであり、環境からの入力刺激が少ない場合、それらを処理するシナプス結合は退化していきます。こうした経験依存的なシナプス刈り込みは知覚狭小化(perceptual narrowing)という現象を誘発すると考えられています。これにより、乳児は頻繁に入って来る刺激よりも、あまり経験しない刺激を段々弁別できなくなります(例:日本人乳児が英語のRとL音を区別する能力を成長とともに失うこと)。
著者らは行動実験を通して知覚狭小化を評価しました。共感覚者41名(17-43歳、平均年齢22.8歳)と非共感覚者59名(18-24歳)が実験に参加し、慣れた条件での刺激課題(ヒトの正立顔、母国語の音素など)と不慣れな条件での刺激課題(ヒトの倒立顔、外国語の音素、チンパンジーの顔など)の弁別をしてもらいました。その結果、共感覚者のグループは非共感覚者のグループよりも不慣れな条件下での弁別に高い正答率を示しました。一方、両グループで慣れた条件課題における弁別能力は同等でした。
本研究の結果は、発達途上の脳におけるシナプスの不完全な刈り込みが共感覚者の知覚的狭小化を弱めるという仮説を支持し、また彼らの通常とは異なる知覚の連鎖を解明する可能性をも示しました。さらには、共感覚を持つ成人では自閉症に似た特性が多くみられることから、シナプス刈り込みに関する臨界期可塑性の異常を示す指標として知覚的狭小化の低下が有効であるという新仮説を提供し、この現象は自閉症患者でも起こり得ていることを示唆しました。

要約:IRCN サイエンスライテイングコア


発表雑誌:
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(2020年4月22日公開)
論文タイトル:Reduced perceptual narrowing in synesthesia
著者:Maurer D*, Ghloum JK, Gibson LC, Watson MR, Chen LM, Akins K, Enns JT, Hensch TK, Werker JF(*:責任著者)